028. 学園での日常
◆ 午後になり、レオンはクリスティーナに連れられ、騎士団の訓練場に来ていた。訓練場は闘技場のようになっており、観客席には多くの騎士たちが観戦している。
「さて、レオン。早速だが模擬戦をしてもらうぞ」
クリスティーナは木刀を構えながら言う。レオンにも木刀が渡される。
「手加減はいらないから本気でかかってこい!」
クリスティーナはそう言うと、一瞬にして姿を消した。その動きを見て我に帰った。素人じゃない。明らかに実戦慣れをしている。
「どこを見てるんだ!!」
背後からの声に振り向くと、既にクリスティーナが目の前まで迫っていた。そして、木刀を振り下ろす。
「速い!?」
レオンはなんとか避けたが、普通にレオンじゃなきゃ脳天を叩かれてるだろう。
「どうした!逃げてるだけじゃ、勝てないぞ!!」
後に聞いた話によると、クリスティーナは騎士団の元幹部だという話だ。後継者の育成のため騎士を引退し、学園内では『鬼軍曹』と言われているらしい。
「おい、どうした?」
レオンは瞬時に移動して、クリスティーナの背後に回り込むと、背中に向かって斬りかかるが、その攻撃はあっさり防がれてしまう。
「やるじゃないか。まさか私のスピードについてくるとはな」
レオンは息を整え、再び構えをとる。
それから、何度も打ち合った。クリスティーナの動きはかなり洗練されており、隙がない。それに、力もかなり強い。レオンの攻撃は全て受け流されてしまう。
「風よ、敵を穿て」
レオンは風魔法を詠唱する。
クリスティーナは風魔法を受けようとするが、レオンには別の狙いがあった。
「なっ!?」
レオンは自分の周りに暴風を起こし、竜巻を発生させてクリスティーナを吹き飛ばす。
そして、そのまま上空に舞い上がると、魔力を圧縮させ、一気に解き放った。
「雷よ、我が敵を撃ち抜け」
膨大な量の電気が降り注ぎ、地面が揺れる。そして、土煙が舞う中、レオンは地面に着地する。
「勝った……のか?」
「いっていてて」
レオンは声の方に視線を向けると、そこには衣服がボロボロになったクリスティーナの姿があった。ただ衣服が破れただけでほぼ無傷だった。
「少しは加減をしろ、馬鹿者が」
「すみません」
「まあ、いい。とりあえず合格だ」
いやいや、オーガすら焼き消す上位の雷魔法を受けて、平然と立ってるとかバケモノか?
「あの、怪我とか大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。こんなもん、蚊に刺された程度の痛みしかない」
やっぱりバケモノだった。騎士団幹部ってヤバい奴の集まりなんじゃ。
「それでは、今日はこれで終わりにしましょう」
「そうだな」
それから、二人は並んで歩き出す。
「レオン、お前はなかなかセンスがある。これからの活躍が楽しみだ」
「ありがとうございます」
クリスティーナは眼鏡を外すと、ポケットにしまう。衣服が破れていることに気を留めず、堂々と歩く姿に廊下を歩く生徒の視線が痛い。
「レオンはこの後予定はあるのか?」
「特に何もありませんが?」
「なら、ちょっと付き合え」
「いや、服を着替えてください!!!!」
「ん?別に気にしないが?」
「俺が気になるんです」
「そうか、それはすまない。すぐに着替えてくるから待っていてくれ」
クリスティーナは更衣室に向かい、教員用の制服に着替えてきた。
「よし、行くか」
「何処に行くんですか?」
「ついてくればわかる」
クリスティーナはそう言って、レオンを連れて校舎裏へと向かう。そして、校舎の裏にある林に入ると、小さな湖が見えてきた。
「ここは学園の敷地の中でも、あまり人が来ない場所なんだ」
「へー」
「ここが私の秘密の場所だ」
「秘密の場所で何をするつもりなんですか?」
「そんな警戒しなくてもいいぞ。私はただ話をしたいだけだ」
「話って何を話すんですか?」
「なんでも構わない。レオンの話を聞きたいんだ」
「俺の?」
「ああ、そうだ。レオンのことが知りたい」
「わかりました。でも、そんな面白い話なんてできませんよ?」
「そんなことは関係ない。私が聞きたいんだからな」
それから、二人はしばらく無言で景色を眺めていた。そして、クリスティーナが口を開く。
「レオンはどうして学園に入学したんだ?」
「俺は……」
レオンは正直迷っていた。レイナのことを打ち明けるべきかどうか。本来、冒険者である自分はここにいるべきではない。それはわかっている。
「レオン、無理に話す必要はないぞ」
「いえ、話します。俺はレイナの騎士としてこの学園にいます」
「レイナ様の……」
「はい、俺はレイナを守るためにこの学園に入学しました」
「なるほどな、あの魔法を見れば王家が護衛に任命するのも頷けるな」
風魔法の使い手は、この世にごく僅かしかいない。王国内に限れば、俺とサラの二人だけだ。そして、風の魔法を使いこなす者は、他の魔法とは一線を画する。
「私も間近で初めてみたよ。あれほどの風魔法を扱える人間は……」
「そうなんですか?」
「お前が、この馬鹿げた世界を終わらせてくれればいいのにな」
「えっ?」
クリスティーナがボソッと言った言葉は、小さすぎてよく聞こえなかった。
「なんでもない。それより、早く戻ろう。ホームルームが始まる時間だ」
◆ ホームルームが終わった後、レオンの机にこっそりとレイナが近づいてくる。
「レオン、一緒に帰ろっか」
「そうですね」
その後、レイナは友達と談笑しながら教室を出て行く準備を始める。レオンは鞄を持って立ち上がると、隣に座っていた女子生徒が話しかけてくる。隣のクラスの女子生徒だろう。
「ねえ、あなたもしかして噂の編入生?」
「噂の編入生かどうかはわからないけど、編入生ではあるな」
この学園にはクラスが4つある。A〜Dまでの4クラスで、レオンはAクラスに編入した。
当然、公にはされていないが、貴族の地位によってクラスが分けられている。Aクラスは侯爵家以上の貴族が多く在籍している。爵位や序列なんてものには全く興味がないが……。
「ふーん、私はB組のアメリア・マルドネスよ」
「俺はレオンだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくね」
「ああ、それじゃあ」
アメリアはこちらを見て和かに微笑んでいる。レオンとレイナは教室を出て、王都の王宮に向かう。
「アメリアとは知り合いなんですか?」
「マルドネス家は公爵家で、何度かお茶会にお呼ばれしたこともありますね」
彼女はBクラスと言っていたが、家柄的にはAクラスに在籍していてもおかしくはない。何か特別な理由でもあるのだろうか?
「公爵令嬢なのにBクラスなんですか?」
「はい、兄がAクラスにいるんですよ」
「へぇ〜」
アメリアの兄は優秀だそうだ。そして、兄と妹の優劣を競わせるのはよくあることなのだと。優秀な兄との格付をするため、アメリアはBクラスにいるそうだ。
「面倒そうですね」
「そうですね。でも、仕方ないことなんです。権力争いっていうのは」
「レイナも面倒なんじゃないですか?」
「まぁ、私は慣れましたよ」
それから、二人は雑談をしながら歩き続ける。学園内にも面倒な抗争がいくつも存在しているらしい。
「レオン、着きましたよ」
「あ、あぁ」
二人は王宮の敷地内に入ると、使用人に案内され、レオンは自分の部屋に戻ろうとすると、レイナに引き留められた。
「レオン、もう少しだけ私の部屋でお話しませんか?」
「そうですね」
「ありがとうございます」
それから、二人は紅茶を飲みながら会話を楽しむ。レイナはレオンが知らない貴族同士の抗争について教えてくれた。
「レオンは元々は冒険者ですから、あまりわかんないかもしれないですけど」
「わかってるよ。でも、俺にはやっぱり貴族の世界ってのはよくわかんない」
「私もあんまり争い事が好きじゃないのでわかりたくはないです」
「レイナらしいですね」
「みんな仲良くするのが一番です」
「そうですね」
レイナの言葉は正しい。だが、人間というのは自分より優れた者を妬む生き物だ。
それはきっとどんな世界でも変わらない。むしろ、レイナの方が虐げられる対象となってしまうのではないかとレオンは心配でしょうがなかった。
それから、二人は他愛のない話をして、レイナの部屋を後にする。
そして、レオンは寮へと戻り、眠りについた。




