021. 黒幕の正体
◆ 王都が襲撃された事件を受け、閉鎖していた学園がようやく解禁された。ザックの処刑執行まで2日――、残された時間は僅かである。
サラは、学園に向かうと教室の前で待っていたティナと合流した。
「それで、ザックについて何かわかった?」
「今のところ何も……」
「アリシアも大変ね。あんな馬鹿な奴のことを助けたいなんて」
「私も同意です」
ティナは、アリシアの作成した書類の束を見ながら呆れた表情でそう言った。ティナに渡したのは、昨晩アリシアが徹夜で作ったものだ。
「この資料を見る限り、ザックの交友関係って狭いね」
「ティナ様も同じでしょう?」
「うっ……、まぁそうなんだけどね」
ティナの交友関係ザックよりも酷くサラが入学する前は一人きりだったそうだ。なんでも、第二王女ということ、そして、魔物狩りが趣味という噂から腫れ物のような扱いを受けていたそうだ。
「さて、そろそろ授業が始まるわよ」
サラたちは、席に着いた。そして、しばらくすると担任の先生がやってきた。
「皆さんおはようございます。今日は、今後の予定についての連絡を行います」
担任からはいくつかの事務的な連絡事項が行われた。そして、最後にザックの処遇について説明があった。
「ザック・アーベルの処分については、二日後の朝、公開処刑を行うことが決まりました。これは、国民への戒めのためであります。ザック・アーベルの罪状は殺人、器物破損などです。また、この度、ザック・アーベルが引き起こした事件については、既にギルド本部で審議が終わり、公開処刑を行うという結論に至りました」
サラは、どうにかしてザックと親しかった人物と接触できないか考えていた。
(この様子じゃ誰も知らないか)
その後、ホームルームが終了し、お昼休みまで滞りなく授業が進む。サラはザックと一緒に行動を共にしていたクラスメイトに話しかける機会を伺っていた。
「ねぇ、ザックについて教えて欲しいことがあるんだけど」
ティナがそう言うと、ザックと仲の良かった男は「お、俺は何も知らないからな」と言いながら、そそくさと教室を出て行ってしまった。
「あちゃ〜、逃げられちゃったか」
「ティナ様、どうします?」
「とりあえず、もう一回話しかけてみよう」
◆ 二人は、逃げた友人を探すため学園内を歩き回ることにした。
「彼の名前はエドワード・トルト。伯爵家の長男です」
サラは、アリシアから聞いた情報を頭の中で整理しながら歩いた。
「彼は何か知っているようですね」
「まあ、あの慌てっぷりだと、絶対に何か知ってるね」
エドワードは、校舎裏に向かっているようだ。すると、そこには二人の男の人影が見えた。サラは、咄嗟にティナを抑え込んで身を隠した。
「おい、誰にも言ってねぇだろうな?」
「も、もちろんです」
「約束だからな?もし破ったら……、お前もザックのようになるんだぞ」
「わかっています」
「それならいい。それと、このことは俺たち三人の秘密だ。わかったな?」
「はい」
「しかし、ザックが捕まるとは思わなかったな。俺は大丈夫なのにな」
「ハハハ、実力がなかったんだろ」
「まあ、そうだな。制御できなきゃ意味がないよな。あんな暴走起こして」
「おい、エドワードもういいぞ。聴取は終わりだ。戻っていいぞ」
「わかりました」
男たちはその場を離れていった。サラは、ティナにこう告げる。
「ティナ様はエドワードを追ってください。私は彼らに聞きたい事がありますので」
「分かった。気をつけてね」
ティナは勢いよく飛び出していき、エドワードの後を追った。
◆ サラが校舎裏の物陰から顔を出すと男二人は驚いたようにこちらを向いた。
「なんだお前は?」
「貴方たちに聞きたいことがあります」
「誰かと思えば王女殿下の付き人じゃないですか。聞きましたよ、王都を魔物から守ったと。流石はザックをボコしただけある。素晴らしい活躍でしたね」
「先程の会話について詳しく聞かせてください」
「先程……。ああ、盗み聞きとは趣味が悪い。聞かせるわけにはいかないな。これ以上介入するなら、容赦しねぇ」
男二人は剣を抜き、片方の男は瘴気を纏わせた。黒い霧のような魔力だった。サラは、即座に臨戦態勢に入った。
「死ねぇえええ!」
男が斬りかかってきた。それを、サラは軽々と避ける。
剣を持っていたひとりの男を蹴飛ばす。サラは力加減を間違え、壁に男の体をぶち込んでしまった。ミシッと音と共に男が呻き声をあげ、地面に倒れる。
「死んでませんよね?」
そんなサラの反応を見て、もう一人の男がサラの隙を突いて攻撃してきた。
「グォオオオオオ!!」
サラは、その攻撃をいなし、距離を取りながら観察する。赤い眼光、黒い瘴気、明らかに魔物堕ちしている。サラは、この男はザックと全く同じような状況であると判断した。
(まさか……、本当に魔物に堕ちる魔法陣が存在するとは)
サラは、躊躇することなく剣を振り翳すが、相手も負けじと反撃してくる。
「グオァアアッ!!!」
サラは、相手の動きが一瞬止まったのを見計らい、魔法詠唱を始めた。
「風よ、我が敵を切り裂け!」
風の刃が、相手を襲うが、男は難なく避けた。人間には不可能な動きだ。
(くそ、やっぱり無理か)
サラは、相手が人間ではないと判断し、殺さないように戦うのをやめた。
「ウガァァッ!」
敵の攻撃に対して、サラは全力で回避行動を取る。そして、ギリギリのところで避けたが、頬からは血が流れ出した。
「風よ、彼の者を貫き通す槍となれ」
サラの右手からは、緑色の魔力で作られた槍が現れる。
サラは、その槍を思い切り投げると、男の腹を貫通させる。ただ、あまり効いてる様子はなかった。
「一番面倒なタイプですね」
サラは、再び接近戦を挑むが、男はサラの攻撃を受け流し、カウンターを仕掛けてきた。サラは、咄嵯に防御するが、吹き飛ばされてしまう。
「ゲホッゴホ」
「シネェエエッ!」
サラは、なんとか体勢を立て直し、攻撃を回避していくが、徐々に追い詰められていく。
「グガァアアアッ!!!」
男は、叫びながら突進してくる
サラは、咄嵯に地面を蹴り、横に飛んだ。すると、サラがいた場所には大きな穴ができていた。こんだけ暴れたら学園内で大騒ぎになる。
「使うしかないか」
サラは、覚悟を決め、左手を前へ突き出した。闇魔法の詠唱を紡ぐ。
「闇よ、彼の者を呑み込め」
すると、男の足元に大きな黒い渦のようなものが現れ、男を吸い込もうとする。しかし、男はその吸引力に逆らいながら、必死に抵抗していた。サラは、すぐに次の詠唱を始める。
「風よ、吹き荒れ敵を飛ばせ」
サラの両手から突風が巻き起こり、男を闇の中へと飛ばす。
「グアァァッ!?」
男は、なす術もなく、闇の中に消えていった。サラは鞘に剣を戻す。再び剣を抜くと、金色に輝く光が剣に纏う。
「光の刃、闇の力を浄化せよ」
サラが振り下ろすと、眩い閃光が辺りを照らし、闇に向かっていく。それから逃げるように闇は霧散し、身動き取れずにいた男に光が直撃した。
「グォオオオオッ!!!」
男は断末魔をあげ、纏っていた黒い瘴気は一気に消え去った。そして、力尽きたように地面に倒れた。サラは膝を突き、息を整える。
「はぁはぁ……はぁ」
サラは、倒れている男の脈を確認してみる。
(脈拍は異常なし)
ザックの時は手加減をしたが、今回は本気で奥の手を使ったので、彼を殺してしまう可能性もあった。そして、この魔法は自分の身体にもかなりの負担がかかってしまう。
「手応え的には、Aランク相当の魔物。それにしても、こんな学園の真ん中で魔物堕ちを簡単にできてしまうなんて……」
サラは、ザックの件も含めて、この魔法陣は広まれば国を揺るがすような事態になりかねないと思った。ティナは大丈夫だろうか?