015. ザック・アーベル
◆ 街の中央にある噴水広場には屋台が立ち並び、多くの人で賑わっている。サラとティナは、洋服屋を目指して歩いていた。
「ねぇ、サラ。あれ食べようよ」
「リンゴ飴ですか。美味しそうですね」
「うん、買ってくるね」
ティナは、小走りに店に向かうと店主に注文をしている。しばらく待っていると、ティナが戻ってきた。
「はい、サラの分」
「いただきます」
サラは、一口食べると表情を変えた。
「これは……」
「どうしたの? 口に合わなかった?」
「いえ、とても美味しいです」
「よかった。わたしもこの味好きなんだよね」
その後、サラたちはアクセサリーショップや服屋などを回りながら楽しんでいた。
「サラ、これ可愛いよ」
ティナが指差す先には、小さなイヤリングがあった。
「本当ですね」
「サラってこういうの嫌い?」
「いいえ、好きですよ」
「じゃあ、これも買っちゃおうよ」
「そうですね」
ティナは、二つのイヤリングを買うと片方をサラに手渡してきた。
「はい、サラ。プレゼント」
「えっ、良いんですか?」
「うん、サラのために選んだものだもん」
「ありがとうございます」
サラは、嬉しそうに受け取った。そして、耳元につけてみると、ティナが褒めてくれた。
「サラ、すごく可愛いよ」
「そうですか? 自分では分からなくて……」
「サラは可愛いよ。わたしなんかよりずっと可愛い」
「そうですか? ティナ様の方が可愛いと思いますけど」
「ふぇっ? わたしが可愛い? そんなこと初めて言われた」
ティナは、顔を真っ赤にして俯いていた。ティナは、きっと自分の可愛さに気づいていないのだ。サラは、そんなところも含めて愛おしく思えた。
「次はどこに行きますか?」
「うーん……あっ、そうだ!」
「どうかしましたか?」
「行きたい場所があるんだけど付いてきてくれない?」
「構いませんよ」
「やった。こっちだよ」
ティナは、サラの手を引いて歩き出した。サラは、その手を振りほどくことなくついていった。
◆ サラたちがやってきた場所は、王都『フォーリナー』にある教会だった。
「ここは?」
「わたしのお気に入りの場所なの。静かで落ち着くからたまにここに来るんだ」
「なるほど、確かに落ち着きますね」
教会の窓から見える夕日は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「わたしは、この光景が好きなんだ。でも、最近は見てなかった。だから、サラと一緒に見れて良かった」
「私もティナ様と見ることが出来て嬉しいです」
「うん、また来ようね」
「はい」
サラは、この時間がいつまでも続けばいいと思った。
そんな教会の静けさを一気に掻き消すような爆発音が建物内に響いた。サラは、急いで外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「これは……」
辺り一面に血の海が広がっている。その中には、兵士の死体と思われる死体が多数転がっていた。
「どうしてこんなことに……」
ティナが呆然と立ち尽くしていると、背後から声をかけられた。
「おやおや、誰かと思えば第二王女殿下ではありませんか」
男は黒いオーラを纏いながら近づいてきた。顔立ちはすっかり変わってしまっているが、それがザックだとサラはすぐに分かった。
「フハハハハハ、俺は強くなったんだよ。お前ら全員ぶっ殺してやる」
「ティナ様、下がっててください」
サラは、剣を抜きティナの前に立った。
「ちょうどいいスクラップにしてやる。風斬!!」
ザックが重そうな斧を振ると、風の刃が飛んでくる。
サラは、風の盾を展開して防いだ。
「へぇ、なかなかやるようじゃないか」
「ティナ様に危害を加えるつもりなら容赦はしない」
サラは、剣を構えると詠唱を始めた。
「風よ、刃となりて敵を切れ」
無数の風の刃がザックを襲う。しかし、ザックは無傷のまま立っていた。
「おいおい、そんな攻撃で俺を倒せると思ってるのか?」
「そんなことは思ってない」
「はっ! じゃあ、何のつもりで……」
「下を見ればわかる」
ザックが立っている地面には魔法陣が発動していた。ザックは完全にサラに夢中で、ティナの魔法陣に全くの無警戒だった。
王族は人を守ることと自衛以外では魔法の使用は禁止されている。ただ、魔族には全ての魔法攻撃が認められている。そのため、ティナは躊躇なく魔法を使うことができる。
「大いなる業火よ、今こそ姿を現し、我が敵を焼き払え」
巨大な炎の柱が地面から現れ、ザックに向かって一直線に進んでいった。
「くそがァアア!! ふざけんじゃねぇぞォオオ!!!」
サラは、ティナを抱えてその場から離れた。業火は黒煙をあげて地面をザックごと焼き払った。
「ハハッ……ハハハ……、これが俺の力だ……」
「嘘……、あれに耐えられるなんて」
「あいつはもう人間じゃないってことですよ」
「サラ、どうしよう」
「私が隙を作ります。その間にティナ様は逃げてください」
「ダメよ! サラを置いて行けるわけ無いでしょう!」
「ティナ様、これは命令です」
「嫌ッ! 絶対に連れて帰るんだから!」
ティナは泣きながらサラにしがみついた。
「大丈夫です。必ず戻ってきます」
サラが本気を出すと周りが見えなくなってしまう。それに……、ティナを巻き込んでしまわない自信が今の自分にはなかった。
「ティナ様、少しだけ待っていてください」
「うん、約束だよ」
サラは、ゆっくりと立ち上がった。そして、再び剣を構える。ザックは教会の丘に一歩も動かずに立っていた。そして、ザックはサラの足音を聞き、目を光らせた。
「王女殿下と一緒じゃないのか?」
「黙って死になさい」
「まあ、いいさ。お前を殺せばいいだけだ」
サラは、深呼吸をして気持ちを整えた。
「来なさい!」
「言われなくても行くさッ!!!」
ザックは、サラ目掛けて走り出した。そして、大きく振りかぶった斧を振り下ろしてくる。
サラは、それを難無くかわすと、反撃に出た。サラは、袈裟斬りを放つと、ザックは斧の柄の部分で受け止めた。
「まだまだぁ!」
ザックは、蹴りを放ってきた。サラは、後方に跳んで回避すると同時に魔法を放った。
「大地よ、槍となりて貫け」
地の底から現れた複数の岩の槍がザックに襲い掛かる。
「無駄なんだよぉおお!!!」
ザックは、その全てを斧で打ち砕いた。サラは、次の魔法陣を展開した。
「水よ、矢となりて敵を撃て」
サラの頭上に水の塊が出現し、そこから大量の水がザックに降り注いだ。
「この程度効かねえよ! 風斬!!」
ザックは、斧を振り回して風を巻き起こし、水を弾き飛ばした。
「そんなこと分かっていますよ」
サラは、既に次の魔法の詠唱を終えていた。この国では、五つの魔法属性――、火、水、土、雷、風が存在している。その中でも風属性の魔法は非常に珍しいとされている。
だが、王国に伝わる伝承でもっとも珍しい魔法は風ではない。
「闇よ、彼の者を呑み込め」
突如として出現した黒い球体がザックを飲み込んだ。
「なんだ? 何も見えねえ……」
「あんまり使いたくなかったんですけどね。これで終わりです」
サラは、剣を鞘に一度納めた。すると、剣が白い光を放ち始めた。
「なんだ!? 一体何をするつもりなんだ?」
「光の刃、闇の力を浄化せよ」
サラが詠唱を終えると、ザックを覆っていた黒い霧が晴れ、もう一度鞘から剣を抜いた。光が剣に集まり、やがて一筋の光線となって放たれ、ザックを一瞬で貫通させた。
「ぐふっ……、こんなところで……」
ザックは、そのまま倒れて動かなくなった。
「終わったわ」
サラは、ザックに近づき、心臓部分に触れた。やはり、心臓がない。心臓を触媒にし――、魔物と同等の体になったということだろうか?