013. 二人の決意
◆ ギルド支部長は応接室にサラを呼び出し、対面していた。
「初めまして、ギルド支部長のマーヴィン・クラウスと申します」
「サラ・ステラです」
「単刀直入に言いましょう。サラ様は本当に冒険者をお辞めになるんですね?」
「はい。そのつもりです」
「そうですか。残念ですね」
「すみません」
「いえ、お気になさらないでください。サラ様のような優秀な冒険者を失うのはこちらとしても痛手なんですけどね」
「いえ、私の方こそ本当にご迷惑をおかけしました」
「支部の仕事は任務の斡旋と緊急依頼時の冒険者の割り当てなどが主な仕事です。サラ様は冒険者出身なので、依頼内容などや申請などはよくお分かりだと思います。なので、ギルドのサポート役として働いていただきたいと思っています」
「はい、よろしくお願いします」
「こちらとしても非常に助かります。では、早速ですがこちらの書類に記入してもらってもいいでしょうか?」
「わかりました」
サラは、渡された紙に必要事項を書き込んだ。
「はい、結構です」
「あの、これで良かったのでしょうか?」
「はい、問題ありません。それでは、本日中にギルドカードの更新をしておきます」
「ありがとうございます」
「それでは、明日から頑張りましょう」
◆ サラは、全ての書類申請が終わると、王都の外れにある冒険者を祀る丘に来ていた。ここは、亡くなった仲間が眠る場所だ。
サラは、仲間の墓の前に立った。名前が墓には刻まれている。シン・エギル、ユリ・カリエラはまるで家族のような仲間だった。
兄さんを亡くした自分にとってはかけがえのない存在だった。
「私、これから頑張っていくから見守っていてね」
サラは、涙を拭って前を向いた。この腐り切った国をどうにかして変えてやりたい。そのためには貴族、王族をどうにかしなければならない。
「必ずこの国に平和を取り戻すから」
決意を新たにしたサラは、剣を天高く掲げた。その光景は、見るものを惹きつける美しさがあった。
「ごめん、兄さん。もう少しだけ待っていて……」サラは、仲間の元を離れて歩き出した。
◆ その頃、王城にて一人の男が国王と面会していた。
「父上、久しぶりでございます」
「ああ、元気そうで何よりだ」
「はい。それで、例の件について進展がありました」
「そうか、話せ」
「はっ。まず、ワイバーン討伐は失敗に終わってしまいました。しかし、サラ・ステラという女が単独で森に降下したワイバーンを倒したそうです」
「ワイバーンを一人で倒したというのはにわかには信じ難いな」
「はい、私も驚きました。さらに、彼女は『パラディン』の称号を辞退すると申しております」
「なっ――、それは本当なのか!?」
「はい、間違いないかと思われます」
「ついでに、第二王女のティナ様のことですが、私との婚約を破棄されるということでして」
「なんと……! 一体どうしてだ?」
「はい、彼女は、最近魔物狩りに夢中でして、そんな婚約ごっこなんてする暇なんてないですと仰っておりまして」
国王の表情が曇った。第一王女を早きに亡くし、第二王女であるティナ様の奇天烈な振る舞いに相当頭を悩ましているようだ。
現在、王国には『パラディン』が不在の状況である。
騎士団長のクリスティーナを『パラディン』にという案も出たが、それを進言した次の日に幹部が一斉に失踪し、クリスティーナは騎士を引退した。
騎士団トップも不在のこの状況に加え、サラ・ステラが『パラディン』と冒険者資格を放棄となると王国の平和はもうすぐ終わりを告げることになる。
「最近は魔物の動きも活発となっている。騎士団も失踪があり、人員が足りぬ状態だ。これでティナまでもがいなくなったら、我が王国に未来の心配だ」
「はい、私もそう思います」
「そこでだ、アリシアに頼みこんでサラ・ステラをどうにかしてティナの護衛につけろ。アリシアはあの支部と繋がりがあると聞く……、なんとかなるだろう」
「かしこまりました。私の方でも手を回してみます」
こうして、サラの知らぬところで事態は進んでいった。
◆ サラの過去を聞いたティナは、こちらを向いて絶句していた。そして、ティナは立ち上がってサラに抱きついた。
予想もしてない動きに、サラはついていけずに広場の芝生に仰向けに倒れた。
「サラは辛い思いをしてきたのね……」
人肌に触れるのはいつ以来だろうか……、サラは完全に麻痺してしまっていた。あまりにも多くのものを亡くしてしまって、人と接することが怖くなっていたのだ。
そして、サラは、ティナに抱きしめられながら嘆いた。
「私は、どうすればいいのか分からなかったんですよ。みんなが死んだのは、今までずっと自分のせいだって責め続けた……」
「うん、辛かったよね……。だからさ、わたしと一緒に幸せになろうよ」
「それ、どういう意味で言ってるか分かってるんですか?」
「もちろんだよ。だって、わたしはサラのこと好きだもん」
「そうですか」
「サラの返事を聞きたいな」
「そうですね……」
こんな気持ちになったのは本当に久しぶりだ。下から見上げるティナはいつも以上に美しく見える。サラは、ちょっとだけ意地悪をしたくなった。
「うーん、考えさせてください」
「えー、いじわるしないでよ」
「じゃあ、答えを教えますから目を閉じてもらえますか?」
「わかった!」
サラは、ゆっくりと起き上がるとティナの両肩に手を置いた。ティナは、嬉しそうな顔をして目を閉じる。
サラは、ティナ様を抱きしめ返した。
「えっ――、ちょっと、サラ?」
ティナは、驚いていたが、すぐに状況を理解した。
「サラって笑ってる方が可愛いと思う」
「そうですか」
「そうだよ。わたしはサラがずっと笑っていられるような世界を作るよ。そのためにはさ、きっとサラの力が必要なんだよ」
「私なんかが役に立つでしょうか」
「立つよ。サラは強い。きっと、わたしと一緒に世界を変えてくれる」
第二王女と元Aランク冒険者――、この二人の出会いは、この国の運命を大きく変えることとなる。
だが、それはもう少し先の話だ。