011. 犠牲と覚醒
◆ ある日――、私たちのパーティーは、突然Aランク相当の魔物『キメラ』の討伐任務を王国から課せられた。
「キメラか……」
キメラは獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐くといわれている化け物だ。
「この辺りでは珍しい魔物だね」
「油断せずに、慎重に戦いたいところではあるな」
私たちは、森の中を進んでいく。今日はサラとユリ、そしてパーティーメンバーのもう1人――、シンと一緒だ。シンもまたAランクの冒険者である。
「おかしいわね」
「どうした?」
「いや、この辺に生息しているはずの魔物が一切襲ってこないと思って」
「確かに妙だな」
「気をつけてね。ここら辺は魔物のテリトリーだから」
サラの言葉を聞いてシンとユリは警戒を強めた。すると、前方から何かが飛んでくるのが見えた。
「あれは……」
「ワイバーン!?」
それは、ドラゴンに似た姿をしており、背中には翼があり、空中から炎を放ってきた。
「みんな避けろ!」
私たちは、咄嵯に回避行動を取る。すると、後ろにあった木に直撃して爆発する。
「なんて威力……」
「私が行く」
サラは、魔法詠唱を始める。
「我に仇なす敵を貫く槍となれ。風よ、我が敵を貫け!」
風の槍は見事に命中する。しかし、あまり効いている様子はなかった。
「嘘……、ならこれならどう?」
今度は複数の風の槍が同時に放たれる。それらは、全てワイバーンに命中した。
「グアアアッ!!」
ワイバーンは、悲鳴をあげる。だが、致命傷には至っていないようだった。
ワイバーンもまた同じようにAランクであるが、キメラとは序列が全然違う。ワイバーンは高種族、王国騎士が編成を組んで討伐するような魔物だ。
なんで、そんな魔物がこんな森にいるのか?
「グオオオオッ!!!!」
「まずいわ! こちらに向かってくる!」
「仕方ない。応戦するぞ」
シンは、剣を抜き戦闘態勢に入る。
「私も戦うわ」
ユリもそれに続く。サラは一旦状況を整理するために後衛に徹することにした。
「火よ、敵を撃て!」
サラは、火の魔法で攻撃するが、それをものともせずにワイバーンは青い炎を吐き出し、炎を相殺する。そして、翼を広げて森を縦横無尽に飛び回る。
「なんて速さ……」
サラは、なんとかワイバーンの動きを捉えようとする。だが、ワイバーンの後ろ姿を視線で追うのが精一杯だった。
「なんてスピードなの……」
「速い……」
「うっ……」
前衛をしていたサラ以外の2人は、徐々に追い込まれていく。
「ぐあっ……」
「シンッ!!!」
ワイバーンの攻撃によりシンは吹き飛ばされる。そのまま地面に倒れ込んだ。
「シン、大丈夫!?」
「ああ、問題ない」
「よかった」
「サラでもそんな顔するんだな」
「茶化してる場合じゃないでしょ?」
「あぁ、すまない。それより今は目の前の敵に集中しないと」
「うん」
「こっちだ! トカゲ野郎!」
シンは挑発するように声をかける。それに反応したワイバーンは、シンに向けて一直線に突撃してくる。
「よし、かかった」
シンは、突進してきたところをギリギリで避ける。そして、すれ違いざまに剣で斬りつける。
「グアアアッ!!」
「やったか!」
「まだ、生きてる。気を付けて!」
サラの言う通り、ワイバーンは無傷のまま再び上空へ舞い戻る。
「くそっ!」
「グオオオッ!!!」
ワイバーンは口を大きく開けて、火炎を吐こうとしている。
「まずい!」
シンは慌てて回避しようとする。だが、間に合わない。
「水よ、壁となりて彼の者を守れ」
サラは咄嗟に防御魔法をかけようとするがその瞬間――、突如現れたキメラが林の影から姿を現し、シンを襲った。
「ぐうぅ……、うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、ワイバーンの放った火炎は、シンを飲み込み大爆発を起こした。
「シン……?」
ユリは、目の前の状況が理解できなかった。サラも同じように呆然とした。
「グオオォ……ギャアァ!!」
ワイバーンが歓喜の声をあげている。その光景を見てユリは感情のままに叫び声をあげて突撃する。
「よくも……よくも……シンを……許さ……ない……」
剣を振り翳しながら魔力を込める。
「雷よ、我が敵を撃て!」
ユリの魔法を受けたワイバーンは感電し、そのまま地面へと落下する。取り巻きのように現れたキメラがユリの行手を阻むが我を失っているユリは気にせず突き進む。
「邪魔をしないで!! 私は……、私は……」
「ユリ、落ち着いて!」
「うるさい!!!!」
ユリは、サラの言葉を遮るように怒鳴りつけキメラに突撃していく。
「くっ!」
サラは、ユリを援護するように魔法を放とうと詠唱する。
だが、それすらも意に介さず、ユリはキメラを切り裂こうとするが、キメラもまた火の属性を持つ魔物だ。当然の如く、ユリはキメラが吐き出した炎に包まれてしまう。
「くっ……」
ユリは、すぐにその場から離脱しようとしたが、火傷を負ったことで上手く動けず、更にワイバーンの追撃を受けてしまい、遠くへ吹き飛ばされる。
「きゃああぁっ!!!」
「ユリ!」
ユリの小さな身体が木に打ち付けられ動かなくなった。
サラは、絶望したような表情を浮かべた。自分の中で何か壊れたようなそんな音がした。そして、サラは次の瞬間――、何も考える余裕もなく、ただひたすらに魔法詠唱を始めた。
「我に仇なす敵を貫く槍となれ。風よ、我が敵を貫け!」
サラは、無数の風の槍を放つ。それらは、ワイバーンとキメラに命中する。
しかし、それでもワイバーンとキメラにはダメージを与えられていないようだった。だが、そんなことはお構いなしにサラは魔力が続く限り魔法詠唱を続ける。
「水の槍よ! 雨のごとく降り注げ!」
大量の水が辺り一帯に降り注ぎ、それが鋭い槍のような形になる。地上のキメラが鈍い声を漏らす。
「まずはお前からだッ!!」
サラは、そう言って右手を前に出す。すると、キメラがサラの方に向かってくる。だが、サラは慌てることもなくゆっくりと魔法を発動させる。
「氷よ、我が敵を凍らせろ」
次の瞬間、キメラは一瞬で凍る。空から援軍のようにワイバーンが空撃を仕掛けてくるが、水の防御魔法で防ぎながらサラは魔法詠唱をする。
「水の矢よ、敵を撃て!」
水の矢が次々とワイバーンに命中する。ワイバーンは悲鳴をあげながらもなおも攻撃を仕掛けようとする。だが、サラは追撃を許さない。
「風よ、刃となりて敵を切れ」
真空の刃がワイバーンを襲う。ワイバーンは為す術なく切り刻まれる。それでも致命傷にならず、空に飛ぼうとする。そんな翼をサラは闇を纏った剣で容赦なく切断した。
「闇よ、剣に纏い敵を穿て」
「ギャアァッ!!」
ワイバーンは悲鳴をあげる。もう空を飛ぶことはできないだろう。サラは、その隙を逃さずに更なる追い打ちをかける。もう、サラは何も聞こえてなかった。
「光の刃よ、心臓を穿て」
圧縮された光が剣に纏い、ワイバーンの心臓部分を正確に貫き、そのまま心臓が弾け飛ぶ。サラはそれを見届けると、力尽きるように地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……」
サラは、息を整えてからユリのもとへ駆け寄ろうとするが力が入らない。
そのまま意識が遠のいていく。
「サラ……、ごめんなさい……」
最後に呟いた言葉は謝罪だった。
◆
「うぅ……」
サラが目を覚ますとそこには、見知らぬ天井が広がっていた。
(ここは……?)
「サラさんが、目を覚まされました!」
その声には聞き覚えがあった。瞳を開けるといつも依頼を受けているギルド支部の受付嬢がベッドで横たわるサラの顔を覗き込むように見ていた。
「サラさん、大丈夫ですか?」
「えっと……」
サラは状況を把握しようと必死に頭を働かせる。そして、思い出したかのように慌てて起き上がる。
「シンとユリは!?」
「シンさんは行方もわからない状態です。ユリさんはサラさんを救護隊が見つけた時には、もう既に手遅れの状態でして……」
サラは、何も声を出すことができなかった。何の考えも浮かんでこない。
「申し訳ありません。私たちが正確に魔物の情報を把握できていれば」
「いえ……、あなたが悪いわけでは……」
「とりあえず今は安静にお願いします!」
「はい」
サラは、大人しく従うことにした。それからしばらく経ち、サラはようやく落ち着いた。そして、いつも来ている白いローブを纏って、ギルドの療養施設を出た。