009. 失踪
◆ サラが、闘技場を出ると、そこには心配そうな顔を浮かべているティナの姿があった。
「サラ、怪我はない?」
「はい、私は平気です」
「わたしが巻き込まなかったら」
「気にしないでください。私が好きでやったことですから」
「わたし決めたの。わたしを馬鹿にした奴らに目に物見せてやるって。きっと、わたしがこの国を守ったら手のひらを返すに決まってる」
「それなら私も協力します」
「本当?」
「はい、私はティナ様の付き人ですからね。無茶をしないよう監視する責務があります」
「ふふっ、そうだね。サラには助けられてばかりだ」
「いえ、そんなことは」
「ありがとう、サラ」
「はい」
それにしても、ティナ様は私よりも高位な魔法を使えるはずだ。あんな貴族よりもずっと……。ティナ様ならきっと黙らせる実力もあるはずなのに。
きっと何か理由があるに違いない。でも、そんなこと聞く必要はなかった。
「これで大人しくなってくれればいいですけどね」
「どうだろう。あの程度の脅しで諦めるような奴じゃないと思うけどな」
「そうですかね」
「とりあえず、しばらくは様子見ね」
「わかりました」
◆ しかし、数日後、ティナの予想に反して、ザック・アーベルは学園どころか王都から姿を消したという事実が告げられた。
学園の校長であるミザリーが全校生徒の前でそう短く一言だけ告げ、朝の朝礼が重々しい空気のまま終わった。
生徒たちの間では様々な憶測が流れ、噂が飛び交う。
「あいつ、一体どこに行ったんだろうな」
「家出とか?」
「ありえるかもな」
「なあ、お前なんか聞いてないか?」
「いや、何も知らないな」
サラは、いつも通りティナと一緒に校内にある静かな広場に向かっていた。
「結局、ザックはいなくなったみたいね」
「そうですね」
あの決闘が無関係とは言いにくいだろう。だが、サラとしては、これ以上面倒なことにならないでほしいというのが正直なところだ。
「ザックは、自分が貴族であることに誇りを持っていた。そのプライドを完膚なきまでにサラにへし折られたことで、逃げ出したのかもね」
「確かに、ザックは貴族以外を見下していた節がありましたね」
「そういうのは、どこかの貴族に限った話ではないけれど、特にザックは顕著だった。だから、サラに負けたことで今までの行いを悔いたのかも……」
「そうだといいのですが」
そもそも、ティナを傷つけておいて、のうのうと学園生活を送れるとは思えないのだが……。
「そういえば、サラは冒険者時代にどんな冒険をしていたの?」
「私は主に森の魔物討伐の依頼を受けていましたね」
「えー、冒険者というと洞窟探索のイメージが強いんだけど」
「そうですね。基本的に洞窟探索に潜るパーティが多いです。ただ、洞窟に行かない冒険者もいますね。私のように……」
まあ、私の場合は魔法の威力が強すぎるせいで、洞窟内部を破壊するので、出禁になっただけだが……。
兄さんも同じような理由で洞窟探索することを禁止されていた。
兄妹揃って同じように出禁を喰らっていたので、ギルド本部からは完全に目を付けられていた。ただ、洞窟にいる魔物はそんなにレベルが高くないので別に興味はなかった。
一部の例外を除いて……。