つくもな彼のお姫様
5歳の誕生日、ナナちゃんはパパとママに王子様のぬいぐるみを買ってもらいました。
おもちゃ屋さんには犬や猫、アニメのキャラクターなどたくさんのぬいぐるみが並んでいました。
それでも、ナナちゃんは迷わず王子様のぬいぐるみを選びました。
頭に冠をのせてにっこり笑う王子様にひとめぼれをしたからです。
その日から、ナナちゃんのベッドの枕元が彼の居場所になり、夜はいつも一緒に眠っていました。
でも、ナナちゃんが中学生になると、彼は勉強机の上に置かれるようになりました。
もう王子様とは眠らなくなったのです。
高校生になると、彼は本棚の上に移りました。
ナナちゃん、いえ、ナナがおとなになると、彼はクローゼットの中に入れられてしまいました。
でも、ナナは王子様が嫌いになったのではありません。
ただ、誰かにぬいぐるみを見られるのが恥ずかしかったのです。
「おはよう」「行ってきます」「おやすみなさい」
会社に行くとき、ナナは必ずクローゼットの彼に向ってこっそり話しかけるのでした。
仕事に悩んだり、恋愛に苦しんだり。
そんな日々をそっと支えてくれるのが、あの王子様でした。
ある日、パパとママが旅行に出かけ、ナナは1人で留守番をしていました。
リビングでテレビを観ているうちに眠くなったのでしょう。ナナはソファにもたれて眠ってしまいました。
夜も更けてテレビの放送が終わるころ、ナナの体に誰かが毛布をかけました。
「?」
目を開けると、頭に冠を乗せた知らない男の人が目の前に立っていました。
「こんなところで寝ていると風邪を引くよ」
にっこりと笑い、あたたかい紅茶が入ったカップを差し出してきました。
始めは見知らぬ男性の姿に驚きましたが、どこかで会ったことがあるような懐かしい感じがしました。
「あなた、誰?」
そう問うと、彼はひざまずいて言いました。
「君の王子様、だよ」
ナナの手をとると、手の甲にキスをしました。
「!」
びっくりして離れようとした拍子に、テーブルの角に足をとられました。
転びそうになったナナを王子さまは抱きとめました。
(あれ?)
その時、王子様の服に見覚えのある縫い目をみつけました。
それは、ナナが子供のころ、破けてしまった王子様の服を繕った跡にそっくりでした。
「……本当に王子様、なの?」
「そうだよ、ナナ」
彼は嬉しそうに笑って答えました。
「僕は、ツクモ。君を迎えに来たよ、僕のお姫様」
大人のための「童話」を目指してみました。
楽しんでいただけたら幸いです。