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小さな未来を見守る仕事

作者: たみすけ

11月に入り、少しずつ秋の色が深まってきた。

慌てて僕はクローゼットから長袖や厚い服を引っ張り出す。


朝晩が冷え込んでくるこの時期になると、いつも思い出すことがある。

学生の頃にしていたとあるアルバイトの話だ。

僕は大学生時代、様々なアルバイトをしていた。

学生バイトとしては定番のコンビニから、怪しげな脳科学実験の被験者までいろいろ経験した。

その中でも特に心に残っているのが、幼児塾のアルバイト。


私立小学校にお受験する子どもたち専用の塾で、お受験の試験問題を解いたり、面接練習したりとしっかり対策をする。そのサポートのアルバイトだった。


お昼過ぎになると、幼稚園帰りの子どもたちが親御さんに連れられてたくさんやってくる。教室にいる僕はくまさんの絵柄のエプロンを着て明るく笑顔で出迎えるのだ。


授業が始まると、社員である先生のサポートに回る。

トイレが我慢できない子は手を引いてお手洗いへ連れていく。

話を聞いていない子には直接話しかけて興味を持たせる。


親御さんにとって大切なお子さんを預かり、教える。そして安全にお返しする。

一時も目を離せない緊張感のある仕事だが、僕は従事していて楽しかった。

もともと子どもが好きな僕には合っていたのかもしれない。


ただ一点だけ辛かったのが、採点の仕事。

子どもたちの答案を、赤いクーピーペンシルでマルつけをする。


採点だけだと、よくある塾の光景なのだが、この塾は採点業務を、子どもたちの目の前で行っていた。


これが辛かった。

子どもたちはプリントを仕上げると、自信満々の笑みを浮かべる。

目の前で採点すると、大抵どこかひとつはケアレスミスが見つかった。


「ここ、違うよ」と赤でチェックをつける。

すると、さっきまでの笑顔は崩れ去り、子どもたちは目に涙を浮かべるのだ。


最初は、1問ミスしただけでそんなにショックなのか、と思っていた。

他は全問正解なんだから十分すごいじゃないか。


しかしこのアルバイトに慣れてきたころ、僕は本当の理由に気付く。


ある日、授業が終わり、親御さん達が教室まで迎えにやってきた。

子どもたちがそれぞれ親の元へ走っていく。


そんな時、一組の親子の会話が聞こえた。

「今日満点だったの?えらいね!約束だから今日のおやつはケーキにしようね」


その瞬間、僕はハッとした。


約束だ。

お母さんとの約束だったのだ。


まだ4~5歳の幼い子どもたち。お受験する子たちはその頃からみっちり勉強漬けになるが、ただの勉強だけでは到底続かない。

そのため親は、頑張ったご褒美を約束するのだ。


子どもたちはそれぞれの目標に向かって頑張る。ある子はうんと褒められるために。ある子はおやつのケーキのために。それが子どもたちのモチベーションだった。


そのため、子どもたちの満点に対する執着はとてつもなかった。




11月は入試が始まる月、まさに園児や親御さんたちにとって勝負の月だ。

僕はもう幼児教室でアルバイトをすることはないが、この時期になるとあの日見守った子どもたちを思い出す。


ひとりひとりの小さな未来たちに、心の中でエールを送りながら。

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