【第六夜】 陰
あかりさんは翌日には俺の存在に慣れた様子だった。
泣き顔を見せたせいで、彼女の中で俺に対する気安さが増したのかもしれない。
昨日はあかりさんの周囲を、細くて黒い陰が漂っていた。
綿あめの甘い糸のようなふわふわとした陰だ。
いやなモノはたいていこの陰が濃い。
今は周囲の陰の色は薄くなり、数も減っている。
思いきり泣いたことは、あかりさんに良い影響を与えたようだ。
気持ちを吐き出すことで心の澱が浄化されている。
大泣きした分、気持ちがすっきりとしたのだろう。
あかりさんはぽつりぽつりと、自分の身の上を語ってくれた。
施設で育ったこと。早く働きたかったこと。
小さくてもいいから自分の家を持ちたかったこと。
好きな人と結婚をして家庭を築き、可愛い子どもを産みたかったこと。
家族で旅行に行ってみたかったこと。犬を飼いたかったこと。
そんなことをとりとめもなく話す。
時折、肯定の相づちを打ちながら聴いていた。
「あーあ。なんか、わたしばっかり話しちゃったな」
あかりさんは俺の話も聞きたがった。
「千歳君は、なんでわたしが見えるの?」
「さあ? そう言われてもわかんないな。物心ついたときから視えてたから」
それは本当のことだ。
幼いときにいつも俺の側でにこにこと笑っていた、半透明のじいちゃんがいた。
なんの固定概念も、刷り込みもない子どもにとっては、それは当たり前のことだった。
だけどその半透明じいちゃんは、俺が幼稚園に入園したころにいなくなった。
あとから知ったこと。
半透明じいちゃんは俺が生まれる前に亡くなっていた、父方の祖父ちゃんだった。
その話を、父さんは笑って「へぇ。親父、ここにいたのかぁ」と。
母さんは「そんなこともあるんだねぇ」などと呑気に聞いていた。
正宗に話したときは、めちゃくちゃにひいていた。
挙げ句に怖がって泣き出した。
おかげで俺は、誰にでも話していいことじゃないと学習したのだ。
あかりさんはくすくすと笑った。
「正宗って誰?」
「幼馴染の不動産屋。あかりさんも見たことあるはず。最初に玄関を開けたやつだから」
「ああ……あの人かぁ。わたしのこと、見えてた気がするんだよね。目が合ったと思ったんだけどな」
「正宗はぼんやりとしか視えないよ。もともとは視えなかったんだけど、俺といるうちに視えるようになったって言ってた」
「そんなことってあるの?」
「さあ? どうなんだろうね。でも、実際、そうだし」
「ふうん……じゃあさ、千歳君のご両親は? わたしのこと見えるかな?」
「ああ、あの人たちは全然。そういうの、ない」
「そっか、残念。話し相手が増えるかと思ったのに」
そんな他愛もない話で、あかりさんは楽しそうに笑った。
この部屋に一人で閉じ込められていた数ヶ月。
孤独が募り、よほど人恋しかったのだろう。
笑うと年齢よりも幼く見えた。
あかりさんの話し相手になり、二日間、そんな日を過ごした。