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【第四夜】 ミントガム

 

 結果として、俺は部屋には入らないで済んだ。

 小一時間ほどで警察車両が何台も到着して、辺りは一時騒然となった。

 部屋の入口には規制線が張られた。

 中にはやはり、損傷の激しい遺体が横たわっていた。と、同行してもらった警察官から確認が取れた。

 玉木に連絡を入れなくてはならない。

 事件性のあるなしはまだ、わからない。 


 「そうか。事故物件になったかぁ。それでさ……どう?」


 「たぶん、いますね」


 「よし、任せた」


 そう言うと、電話は切れた。


 玉木はこれ関係は苦手らしく、いつも俺に丸投げする。

 俺だって別に得意なわけではない。


 車に戻ると、用意をしておいた消臭液を頭からかぶるように吹き掛けた。

 身体に直接に吹き付ける仕様ではないが、この際、関係ない。


 髪の毛から消臭液の雫が滴ってくる。

 それでも臭いは取れていない……ような気がする。


 小さい四角形の、きついミント味のガムを何個も口に放り込んだ。 

 運転席のシートを倒して、寝転がるようにしてもたれる。


 警察の捜査が終わるまでは部屋には立ち入ることはできない。


 営業鞄からファイルを取り出す。賃貸契約の資料だ。

 もう一度、目を通す。

 307号室。借り主、三峰大和(みつみねやまと)。三十二歳。男性。自営業。


 三十二歳か……。俺より五歳上なだけだ。

 病死か、自殺か、事故か、事件か。

 どれにしても、こんな状態になるまで発見されないなんて。

 あの部屋で、一体なにがあったのだろう。

 どんな思いで最期を迎えたのか……。


 ため息をついて資料を鞄にしまい、携帯電話を手に取る。

 液晶画面をタップして千歳(ちとせ)に電話をかけた。


 「はい」 


 すぐに出た。相変わらず陰キャな声だ。


 「あ、俺」


 「どこの俺?」


 「俺だよ俺」


 「俺には俺という知り合いはいない」


 「もう、やだなー。昭和のコントみたいじゃん。千歳ちゃんの幼馴染の正宗(まさむね)だってば。画面に名前、出てたでしょ?」


 「ちゃん付けで呼ぶな。切るぞ」


 千歳の不機嫌そうな声。


 「あー、待って、切らないで! ほんの冗談だよ」

 

 慌てて言い繕う。こいつ、ほんとに切るからな。


 「その手の冗談はキライだ」


 「ごめん。ちょっと気分を上げたかったからさ」


 「……」


 「で、真面目なハナシ。お仕事の依頼」


 「……どっち?」


 「両方だね」


 「わかった」


 「今ね、警察入ってるから。すぐじゃないよ。また連絡するから、よろしくね」


 「わかった」


 電話はプツンとすぐに切れた。


 まったく、愛想がないよな。

 幼稚園からの付き合いだが、昔はもうちょっと可愛気があったような気もするけどな。





▲▽▲▽▲



 「昨日、マンションの住人から異臭がするという連絡を受けた不動産会社の社員が、警察官二名と部屋を訪れたところ、死後、三ヶ月以上経っているとみられる、一部が白骨化した遺体を発見しました。なお、この部屋の住人と連絡が取れなくなっており、警察が遺体の身元の特定を急いでいます」


 



 「先週末、マンションで見つかった遺体の続報です。警察の司法解剖の結果、遺体は二十代~四十代の女性とみられており、事件と事故の両面から捜査をする方針です。警察は現在連絡が取れなくなっているこの部屋の住人の行方を(さが)しており、遺体で見つかった女性との関係を調べています」




 

 「警察はマンションで発見された女性の遺体について、住所不定、無職の立原(たちはら)あかりさん、三十歳であると発表しました。所在がわからなくなっているこの部屋の住人がなにかしらの事情を知っているとみられており、重要参考人として、現在、警察が行方を追っています」





 「たった今入ってきたニュースです。マンションで立原あかりさんが遺体で発見された件で、戸籍を売買したとして、公文書偽造の容疑と、死体を放置した軽犯罪法違反の疑いで、現在行方がわからなくなっている、この部屋に住む山本孝平(やまもとこうへい)容疑者が全国に指名手配されました」





 「速報です。今日未明、住民からの通報があり、杉並区のアパートの一室で山本容疑者とみられる男が捜査員に確保されました」





 「山本容疑者は立原さん殺害を依然として否認しており、『弁護士と相談させろ』などと話し、黙秘を続けています」





 「遺体の状況と詳しい司法解剖の結果から、立原さんは自殺または事故の可能性が高いとみられています。山本容疑者は現在、公文書偽造、遺体を放置したとして軽犯罪法違反の容疑でも取り調べが続けられています。独自に入手した情報では、複数の女性からの訴えがあり、結婚詐欺の容疑でも捜査が進められているようです」



 あー。

 そういうこと……。


 イヤな気持ちでテレビの電源を切った。


 307号室の住人。 

 三峰大和。三十二歳。男性。自営業という人間は存在しなかった。

 いや、したけど。

 三峯大和は戸籍を売った別人だった。本名は山本孝平というらしい。


 部屋の遺体は女性で、自殺の可能性もあると報道されていた。

 ということは、山本に結婚詐欺にあった被害者だったのだろうか。


 あのとき、もやもやとした霧のようなものがこっちを見た気がした。


 ……自殺ねぇ。そうなのかもしれないけどさぁ……。


 テレビの画面には大きく山本の顔写真が映し出されていたが、どう見ても高校の卒業アルバムの写真だろ、これ。と、いうもの。

 女の子たちが騒ぐようなイケメンでもなかった。

 可もなく不可もなく、どこにでもいて、普通にクラスに溶け込んでいるような男だ。

 こんなに平凡そうなのに結婚詐欺って……。

 ホントにいるんだな。  

 そういうことをする(やから)は。

 やっぱ、人間、顔じゃねーわ。


 鼻の奥にまた、あの腐臭が張り付いた。

 机の引き出しからミントガムの容器を取り出す。

 三粒を口に入れて、噛まずに飴のように舐める。

 強い刺激が鼻腔を満たして、臭いを消してくれる気がする。


 携帯電話の画面をタップして、千歳に電話をかけた。


 「はい」


 相変わらず、すぐに出るんだな。

 笑っちゃうくらい陰キャな声だ。


 「あ、俺」

 

 そう返事をして、ミントガムを噛み砕いた。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「人間、顔じゃねー」 イケメンじゃない、そっちからきた!?大きく同意笑 [気になる点] 今更だけどめっちゃ面白いです
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