【第十七夜】 だから、もう少しだけ
最終話です。
回想箇所は、始めと終わりを▽△▽△▽でまとめてあります。
「はい、今回もお疲れお疲れ。でさ、どういうことなの?」
正宗は椅子にふんぞり返っている(ように見える)、玉木のふくよかな腹を見るともなしに見ていた。
「ええとですねぇ。『祓い』は終わりました。清掃と原状回復も終わってます。あとは、水回りの工事と窓ガラスですかねぇ……」
「ふうん。工事は予定通りなんだけどさ、なに? 窓ガラス全破損って?」
「いやあ……。なんでしょうね……? 竜巻とかですかねぇ?」
「あの部屋だけ?」
「……ですよねぇ~」
「……」
玉木は納得していない様子だった。
そりゃそうだろう。と、正宗も思う。
窓枠を残して窓のガラスだけが、きれいさっぱり粉々に割れて吹き飛んだのだ。
部屋の中で爆弾が爆発したような惨状だったが、壁にも床にも焦げた痕はなにもない。きれいなものだった。
警察も首を傾げていた。
「いやまあ、ほら、絶対あいつですよ。逃げ出した結婚詐欺師! 自分も部屋に入ったときにはリビングの窓は全部割れてましたんで。ガラス代の請求はあいつにしましょう!」
「……ふうん」
正宗は心の中で、ちっと舌を打つ。
「『祓い』の際にちょっとしたトラブルがあった」などと本当のことを話せば、正宗の管理不行き届きで起こった不手際だということにされかねない。そんなことにでもなれば、理不尽にも給料から窓ガラス代を引かれるかもしれない。
どんなブラック企業かと思うが、玉木ならやりそうなところが怖い。
冗談じゃない。それだけはまっぴら御免だ。
だったら……。
「もしくは……アレですかね?」
正宗が声を潜める。
玉木のふくよかな腹がボヨンと波を打った。
「……アレ?」
おどろおどろしい声色を作り、目をかっと見開いて玉木の顔を覗き込む。
「そうです。あの部屋に憑いてた、例のアレの仕業じゃ……」
玉木がごくりと息を呑んだ。心なしか顔色も若干、青くなったようだ。
「……わかった。……まあさ、いいや。それでさ……もう、あの部屋、大丈夫なんだよね?」
玉木は椅子をくるりと回転させて、正宗に背を向けた。
もうそれには関わりたくないと言わんばかりだ。
「はあい。工事が終われば、ばっちりです!」
正宗は意気揚々と返事をする。
玉木は背を向けたままで「はい。お疲れ様」と、手を上げた。
▽△▽△▽
数日前――
千歳があかりを金色の繭に封印した数分後。
マンションと近隣住民の通報を受けた警察が部屋になだれ込んできた。
正宗が刑事たちに状況の説明を行った。
正宗は千歳に――「夜須清掃サービス」に依頼した、部屋の特殊清掃と修復作業の確認のためにこの部屋を訪れていたが、すでに部屋に侵入していた山本孝平に突然襲われたと話した。
山本は気絶したまま手錠を掛けられ、逮捕された。
警察官三人がかりで両手両足を持ち上げると、部屋を連れ出された。
割れて散乱している窓ガラスのことも訊かれたが、自分たちが部屋に入ったときにはすでにこの状況だったので、なにがあったのかはわからないと首を振った。
調書を取るために、正宗と千歳に警察署まで同行してほしいと言われた。
パトカーでの移動中に、現場検証を行う必要があるために数日は部屋には入れないと聞かされた。
正宗は部屋の中に残してきた「モノ」を心配して、千歳の様子を窺った。
千歳は大丈夫だと肯いた。
▽△▽△▽
307号室の窓ガラスの入れ替えと、水回りの工事も終わった週の土曜日。
正宗が仲介したワンルームアパートの一室に、千歳と正宗はローテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「ええと。それで、これって結局、どういうこと?」
ローテーブルの上に用意された、山盛りの引越蕎麦に箸を伸ばしつつ、正宗が訊いた。
「……つまり、御霊信仰ってこと」
「あのさ、全然つまりじゃねーし。俺みたいなシロートにはね、もっとちゃんと噛み砕いて説明してよ」
「そうだよ千歳君。ちゃんと説明してあげて。正宗君は、わたしが視える貴重な人なんだからね」
「さすがあかりちゃん。可愛いし、優しいな~」
正宗がニヤけてあかりに伸ばした手を、千歳が即座に叩き落とす。
「痛っ! 千歳ちゃんには冗談も通じないのかよ」
「それ、セクハラ。あと、ちゃんって言うな。追い出すぞ」
あかりはくすくすと笑って、千歳の周りをくるりと回った。
「そんなこと言っちゃって。俺がいなくちゃ荷物を運べなかったくせに~?」
正宗はずずずっと、美味しそうに蕎麦をすする。
「それとこれとは別」
千歳も蕎麦をつゆにつけた。
「でさ? どういうことになったの? 御霊信仰ってなによ?」
「簡単にいうと……怨霊になった御霊を奉って守護霊に転換させるってこと」
「怨霊……」
正宗が蕎麦をすする手を止めると、まじまじとあかりの顔を見た。
今の正宗には、あかりはぼんやりとした黒い靄ではなく、はっきりと人の姿として視えていた。あかりが307号室で負の力を暴走させたときに、それを浴びたことによって波長が合ってしまった。
「えと、その節は大変ご迷惑をおかけしました」
あかりはふよふよと漂いながら、てへっと舌を出した。
「大丈夫。今は俺の守護霊だから」
「守護霊……」
「そうなの」
あかりは千歳の背後にすうっと回って、両肩に腕をのせた。
もともと千歳は光の道を降ろして、あかりを上げようとしていた。あかりもそのつもりではあった。
しかし、予期せぬ事態が起こってしまった。その結果、図らずもあかりが暴走した。
あの状態では光の道を降ろしても、上がることはできなかった。かといって、そのままでいさせることも危険だった。
負の感情には『泥』が寄ってくる。
あのときの黒い人影は、陰と『泥』と山本孝平に憑いていた怨みの念が混じりあったモノだ。
あかりをそのままにしておけば、同じようなことが起こらないという保証はなかった。
千歳は怨霊となりかけたあかりを奉り鎮めて、守護霊へと昇華させる方法をとった。
いつか、あかりの傷がもう少し癒えたら。
光の道を降ろして、上げるつもりだ。
それまでは千歳があかりを護ると決めた。
「千歳ちょっとズルくね? これからあかりちゃんと同棲じゃん!」
「同棲とか言うな。あかりさんに失礼だろ」
「ああっ! 俺もあかりちゃんみたいな可愛い守護霊ちゃんがほしい!」
正宗は千歳の話は聞いていないようだ。
「守護霊が知りたいなら教えてやる。正宗を守護してるのは母方のご先祖様」
「ちなみに性別は……?」
「ごっつい体格の男の人……猟師?」
「うおっ! 道理で俺、射的とか上手いハズじゃん!」
「確かにな」
「でも俺、やっぱりあかりちゃんがいい! 千歳なんか捨てて俺んとこにおいでよ~」
千歳は呆れながら蕎麦をすすった。
あかりはくすくすと笑っている。
「だめだよ。わたしは千歳君に憑いてるんだもん」
あかりの笑顔が続けばいい。千歳はそう思う。
だから、もう少しだけ、このままで。
【憑いてます】はこれをもって完結となります。
千歳とあかりと正宗に、最後までお付き合いをいただきまして、本当にありがとうございます。
感謝しかありません!(ノД`)・゜・。
物語を楽しんでいただけたなら嬉しく思います。
9/10/2023 追記です。
コロンさまから『熊撃ちの銀治』にIFAをいただきました♪ ダンディな燻銀です! 髭なし、髭ありの2バージョンです。お好みの方でご想像くださいね♪
え? 『熊撃ちの銀治』は誰かって? ほら、正宗の母方のご先祖さまのあの人、ですよ☆
【ひげ無し】
FA:コロンさま
【ひげ有り】
FA:コロンさま
次回作は異世界恋愛を予定しております。
見かけたら、ちょっと覗いていただけると嬉しいです。
ありがとうございました!
冬野ほたる