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【第十六夜】 決断

 


 「天切(あめき)る、()切る、八方(はっぽう)切る、(てん)八違(やちがい)、地に十の文字(ふみ)、ふっ切って放つ、さんびらり」


 千歳が滔々(とうとう)と咒を唱える。頭上にかざした手の中の曲玉がぼうっと淡く光りだす。次の瞬間には強く発光し、辺りに強烈な白い光を放った。

 その光に焼かれた人影は低く呻きながら小さく縮んでいく。砂の城が崩れるようにして、細く黒い陰にもどる。そのまま孝平の口の中に吸い込まれていった。

 

 「ひぃーーっ!? うぐっ!? ぐっ、げえっ」


 口に手を入れて、体内に取り込まれた陰を必死にかき出そうとしている。

 孝平の顔は、鼻水とよだれでぐしゃぐしゃに汚れていた。


 曲玉から放たれた強く白い光は輝く鎖となって、あかりの身体に巻き付いた。


 「……いやあっ!」


 鎖に捕縛されたあかりは怯えていた。手足をばたつかせながら、鎖を外そうと必死にもがく。

 千歳はあかりをふわりと抱きしめた。


 「ごめん。驚いたよね。少しだけ我慢して。……あとは、任せて」


 あかりは千歳の胸の中でもがくのをやめた。そろりと顔を上げる。

 

 「わたしのこと……怖く……ないの?」


 「言ったでしょ? 怖かったら話しかけないって。それに、約束した」


 千歳は右手の小指を、鎖で縛りつけられているあかりの左手の小指に絡める。


 「……あ……指切り……」

  

 後ろで動く気配がした。

 よだれと鼻水で汚れた顔を腕で拭いながら、孝平がよたよたと立ち上がろうとしている。


 「……なんなんだよ!? お前もなんなんだよっ!? その化け物の仲間なのかよっ!?」


 千歳は鋭く光るナイフの刃を連想させる眼で、孝平を睨み付けた。


 「化け物はあんたのほうだよ」


 「……へっ! 本物の化け物のくせに……。オレは、オレはなあ、こんなことに付き合っちゃいられないんだよっ!」

 

 孝平はこの場を逃げ出そうと、ふらふらと後退(あとずさ)った。


 「正宗!」

 

 千歳が叫ぶ。


 「なんだかあれだけど了解! 俺もこの詐欺師野郎には心底ムカついてたんだよっ!!」


 目の前に飛び出した正宗は、孝平の股間を躊躇なく思いっきり蹴り上げた。


 「ぐぼっ……!?」


 「くの字」に折れ曲がった身体に容赦もなく、次の横蹴りをお見舞いする。

 孝平は顔を苦痛で歪めて、絞り出すようにうめき声を上げた。股間を押さえながら前のめりに倒れ込む。

 その拍子に頬を床に(したた)かに打ちつけた。歯が折れたらしく、床に欠けた前歯が転がった。

 

 「うっわっー! 痛そうだねっ!」


 しゃがんだ正宗は満面の笑顔で孝平を覗き込んだ。


 「お、お前ら……訴え……て……や、る」


 孝平は脂汗を流しながら荒い息をついている。

 欠けた前歯をむき出しにして、充血した目で正宗を睨んでいた。


 「残念でした。これ、正当防衛だから。な、千歳」


 正宗はしたり顔で同意を求めた。千歳が肯く。


 「ああ、正当防衛だ」


 「チキ……ショウ……」


 孝平は白目を剥いて気絶した。

 本日、二回目の気絶だった。


 「あらら。こいつ、縛っとくわ」


 孝平の両手首を背中に回し、正宗のスラックスから抜いたベルトで縛り上げた。

 そのまま両足首を掴んで床の上を引きずり、廊下に転がす。

 

 「千歳、あんまり時間ないよ」


 パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

 窓ガラスの破砕(はさい)や、孝平の叫び声で通報されたのだろう。


 「俺、廊下でこいつ見張ってるから」


 「ああ。頼む」


 「りょーかい!」

 

 正宗は軽く敬礼をすると、リビングから出ていった。

  

 千歳はあかりと絡めたままの小指を放す。


 「ごめん。あかりさん、ごめん。……生きているうちに助けてあげられなくてごめんね。怖い思いをさせて、ごめんね」


 「……ううっ……あぁっ……うぁ」


 あかりの頬は涙で濡れていた。言葉にならない。

 あかりは一生懸命に千歳に首を振った。


 千歳は曲玉をあかりの額にかざす。

 あかりを捕縛していた鎖は、火の粉が舞うように光って消えた。


 「幽世(かくりよ)の大神、憐れみ給い恵み給え、幸魂(さきみたま)……」


 咒を唱える千歳の声は、午後の柔らかな陽光で満ちたリビングに、穏やかに静かに流れて響く。


 きらきらと金色に光る言の葉は、あかりを幾重にも幾重にも取り巻いた。


 羽化する前の繭のように、あかりは金色の咒に包まれる。

 完全に包み込まれて顔が隠れてしまう間際、あかりは安らかに微笑んだ。


 「ち…とせ…君……あり……が……とう」




次話、最終話です。

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― 新着の感想 ―
多くの女性たちを傷つけてきた彼には、去勢こそが相応しい! とは言ってくれないからなあ、今の司法は。 残念無念。 ところでこれらの咒はオリジナル?
[良い点] 正宗ナイスアシスト(;゜Д゜) ぶっ潰したれこんなやつ! [一言] あかりさん ウワアアアアン(ノД`)・゜・。 悲しかったね 千歳の言葉が優しいです
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