表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

【第十二夜】 急転



 「ふざけんなーーっ!! この詐欺師ーーっ!!」

 「わたしの愛を返せーーっ!! ついでにお金と時間も返せーーっ!!」 

 「信じてたのにーーっ! 裏切りものーーっ!!」

 「バカヤロウーー!! ウソつきーーっ!!」

 「人を騙してなにが楽しいんだよーーっ!! このクズヤローー!!」

 「騙されたわたしも大バカーーーっ!」


 先ほどからあかりは歩道橋の欄干の上で仁王立ちになり、手で口の周りを囲って叫んでいた。まるで山びこを期待している登山者のようだ。しかし、あかりのその声が返ってくることはなく、初夏の風に流されて街の中へと消えていく。

 千歳は欄干の上に肘を乗せて寄りかかり、あかりの文字通りの魂の叫びを聴いていた。時折、ちらりちらりと車通りや歩道の通行人を眺めている。

 パトカーが数台、赤いランプを点滅させて上下車線をすれ違った。


 あかりがいくら大きな声で叫んでも、誰も気に留める様子はない。

 どうやら付近には視えている者はいないようだった。

 あかりの負の感情に曳かれて寄ってくる『黒いモノ』もない。

 『黒いモノ』―――夜須(やず)はそれを、泥濘(ぬかる)んだ感情が寄せ集まったモノ、『(どろ)』と呼んでいた。

 『泥』は(いん)の気だ。

 明るい陽の(もと)では存在することができない。こんなにも陽射しが降り注ぐ日には、濃い影が創られている暗い場所にでも姿を潜めているのだろう。


 千歳が一緒にいるとはいえ、それでも部屋を出るときには、あかりの周囲に『泥』を寄せつけないための結界を張っていた。


 「ふうっ」


 あかりが息を()いて、ふわりと欄干から降りてきた。


 「もういいの?」


 千歳は肘を離すと、背中をもたせる。

 

 「……ちょっとだけ、すっとした」


 「うん」


 「千歳君、ほんとに……ひいてない?」


 眉根を寄せたあかりが不安気に訊く。


 「全然。もっとボロクソに言ってもいいのにって思ってる」


 「ほんと? ……よかったあ」


 あかりは千歳の言葉にほっとして胸を撫で下ろした。

 

 「わたしね、あんなに大きな声で叫んだの、初めてだったかも。ちょっと楽しかった」


 「うん」


 穏やかに肯いた千歳を、あかりはまじまじと見つめた。


 「なに?」


 「なんか千歳君、年下には思えないよ」

 

 そう言って苦笑する。


 「そうかな?」 


 「そうだよ」


 「っていうか……今のあかりさんの外見は俺より年下だからね。高校生くらいだよ」


 「うそっ!? えっ? どうして?」

 

 あかりは鏡には映らない。

 もちろんショーウィンドウにも映らない。

 あかりは自身の姿の変化に気がついていなかった。

 自分の顔を両手でぺたぺたと触って確かめている。


 「もどりたいときの姿にもどるみたいだよ」


 「えぇ……そうなの? ……じゃあ……千歳君、ほんとにお兄ちゃんだね」


 あかりはふよふよと浮くと、千歳の周りをくるりと回った。くすくすと笑ってはいるが、少し照れているようにもみえる。

 千歳もなんだかくすぐったいような気持ちで頬を掻くと、下を向いた。

 



 「海が見たい」

 そう言ったあかりの望みを叶えるために、電車を途中で降りた。

 高架線にある駅のホームで乗り換えの電車を待っている。

 眼下のロータリーには、大学名が入ったスクールバスが停車しているのが見えた。

 どこかの大学の最寄り駅になっているらしい。

 ホームはざわざわと混雑していた。授業を終えたらしい学生の姿が目立つ。


 千歳とあかりは目立たない階段下に移動した。

 海に着いたら波で遊びたいと言ったあかりは、「あ、でも、わたし海に入れるのかな?」と、首を傾げている。

 「入れるんじゃない? なんなら潜れるよ」そう千歳が返すと、それもいいねと笑った。

 

 雑踏の隙間を縫って、またしても数台のパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

   

 千歳は何気なくサイレンの音のする方向に顔を向けた。そのときに――。


 「ヤバっ! 逃げたって」

 「えー? なにが?」

 「今、速報きたー」


 千歳とあかりのいる階段付近を歩いていた、数人の大学生のグループの会話が耳に入った。


 ……?


 「あいつ、ほら、マンションに死体放置した結婚詐欺のヤマモトなんとか」

 「は? なんで?」

 「護送途中に逃走だって」


 ――――っ!?


 千歳は隣でふよふよと浮いていたあかりを振り返り、とっさに手を伸ばして腕を掴んだ。

 実体があるようにしっかりと掴めるわけではない。

 しかしそれでも、ある程度はあかりを繋ぎ留めることができる。

 

 「あかりさん」


 あかりは目を大きく見開いていた。

 学生たちのグループを凝視している。


 「ケーサツ、どした?」

 「だからパトカー?」

 「ヤバくない? わりと近いじゃん」

 「なんで逃げられんの?」

 「トイレ行かせたら逃げられたって」


 学生たちを視界から遮るために、千歳はあかりを引き寄せる。

 両腕であかりの肩を囲い、顔を耳元に近づけて言い聞かせた。

 

 「あかりさん。俺の声だけ聴いて」


 「何時ごろよ?」

 「三十分くらい前みたい」

 「えっ!? まだその辺にいるんじゃね?」

 「マジで? 怖いんだけど」


 あかりの視線がゆっくりと千歳に移る。


 「……千歳君」


 「大丈夫だから」


 「……なにが? なにが大丈夫なの?」 


 黒い(かげ)があかりの足元から(にじ)みだす。


 「ねえ? 今の、あの人のこと? そうだよね? ねえ!?」


 「あかりさん、落ち着いて」


 「あの人、近くにいる……」


 黒い陰は一気にぶわりと噴き上がり、千歳ごとあかりを覆い尽くした。

 千歳の耳の奥に、薄いガラスが割れたような高い音が鳴る。

 あかりに張った結界が内側から破られた音だ。


 階段下周辺の電灯がバチバチと電気的な音を立てて明滅する。

 青白い火花が空を駆ける稲妻のように電灯付近に飛んだ。と、思うやいなや、バリンという大きな音とともに、電灯が一斉に弾け飛んだ。


 「キャーーーッ!!」

 「なにっ!?」


 飛び散った大小さまざまな破片は、大きな雨粒のようにホームへと降り注ぐ。

 

 「やだっ! 痛いっ! なんか落ちてきたよ!」

 「ちょっ!? なにこれ!?」

 「血が出てるっ!!」


 落ちた破片をかぶった者の中には、頭から流れた血が頬をつたっている者もいる。

 悲鳴や叫声が飛び交うホームは混乱し、騒然となった。

 

 「あかりさん!」


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
警察はリアルでもこれで逃げられるからな、ご都合主義とはツッコめない。 リアルでも!あるから! 困ったもんだな、警察は。 ああ、あかりさんヤバいなあ。 悪霊化したらヤダなあ。
[良い点] やーばーいーっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ! これやばい。ヤバイよヤバイ [気になる点] 何で逃げるねんっっっっっっっっっっっ せっかく せっかくうまくい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ