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【第十夜】 想い



 デートなどに縁のない千歳が、脳みそをフル回転させて導き出した場所は水族館だった。


 千歳は一瞬、女の子と遊ぶことに慣れているであろう正宗に電話をかけて、相談しようかと迷った。

 しかし……電話をかけたらかけたで、どうせ(うるさ)くいろいろと訊いてくるに決まっている。

 説明するのが面倒になりそうだったので、相談をすることは諦めた。

 結局、そういうことには慣れていない頭を振り絞っての水族館だ。


 ネオン色の小さい魚が群れをなして、水槽の青い水の中を泳いでいる。

 顔を水槽のガラスにギリギリまで近づけて眺めていたあかりの身体は、水槽を照らす青いライトと、その明かりが水に反射した青い光に照らされている。

 光を(とお)す身体はそのせいで、ますます青白く映る。

 千歳は水槽の魚ではなく、あかりの横顔をちらりと(うかが)う。


 水族館でよかったのか?

 楽しんでいる?

 シネコンでもそうだったが、女の子のことは本当にわからない。

 

 俺……少しは正宗を見習ったほうがいいのか?


 ふと、そんなことを思う。

 今までは特に気に留めたこともなかった。


 合コンだ、なんだのと遊び回っている正宗なら、きっとあかりさんを退屈させないな。


 千歳は心の中でため息をついた。

 

 小さな男の子をその胸に抱き抱えた母親が、あかりの隣に立った。

 男の子は水槽の魚をそっちのけで、じっとあかりの顔を見ている。

 ()えないものが()えるということは、小さいうちにはままあることだ。

 そのほとんどが成長するにしたがって視えなくなる。

 千歳はその能力(ちから)が消えることはなかった。

 

 あかりはその子どもの視線に気がつくと、にっこりと笑って手を振った。

 男の子は不思議そうにあかりを見つめていた。そのうちに笑って手を振り返した。

 

 「あら、ご機嫌ね」


 母親は男の子を抱え直すと、千歳に会釈をして水槽を離れていく。


 「可愛かったね」

 

 「そうだね」


 あかりの視線は母親の背中を追っていた。


 



 

 水族館の入ったビルを出ると、近所の会社で働いているであろう制服姿の女性たちがランチを終えて、早足で会社にもどる時刻だった。

 飲食店からはスーツを着たサラリーマンもちらほらと出てくる。

 人気店と(おぼ)しき店の前には、これから昼食を取る人たちのちょっとした行列も出来ている。

  

 「千歳君、お腹は空いた?」


 千歳はお腹に手を充ててみる。

 シネコンで食べたポップコーンが、まだ胃に残っている。

 昼食はもう少しあとの時間でも大丈夫そうだ。


 「……まだあとでもいいかな」


 「そっか……。じゃあね、少し時間がかかるけど、行きたいお店があるの。いいかな?」




 電車で三十分ほど揺られて、駅から十分ほど歩く。

 あかりが千歳を連れてきたのは、かなり控えめに表現しても昭和なレトロ感が溢れまくっている、こじんまりとした定食屋だった。


 「ここ?」


 「うん」


 「……本当に?」


 千歳が訝しそうに尋ねる。

 女の子が好みそうな、もっと小洒落た店を想像していた。

 あかりは悪戯っぽく口を尖らせる。


 「千歳く~ん。見た目で判断しちゃダメだよ。ここね、すっごく安くて美味しいんだから。お弁当を作れなかった日はね、お昼を食べにきてたんだよ」

 

 思い出の店のようだ。

 あかりが働いていた会社の近くらしい。


 「あかりさんがいいなら、いいよ。ここのお薦めはなんなの?」


 「ハンバーグ。わたしね、ここに来たときはいつもハンバーグ定食を頼んでたの。お肉がジューシーでね、ハンバーグソースも絶品なんだから。ハンバーグの上にね、特別にチーズと刻んだ沢庵(たくあん)を載せてもらってたんだ」


 「沢庵? ハンバーグの上に?」


 「美味しいんだよ。試してみてね」


 千歳はくたびれた暖簾(のれん)をくぐって、あかりと店に入った。

 とっくに昼食の時間は過ぎている。

 狭い店内には数人の客がいるだけだ。

 小型のテレビは、午後のバラエティ番組を放送している。


 「いらっしゃい」


 カウンターの奥から声がした。

 真っ白な髪の店主らしき人物が鍋を振るっている。


 「お兄さん、お一人?」


 人の好さそうな笑顔のおかみさんが奥から出てきた。

 店主とおなじ白髪を束ねて、三角巾の中にきれいに仕舞っている。


 「はい」


 「どこでも好きな席に座ってくださいね」


 千歳は隅の四人席に着いた。

 あかりも千歳の腕に掴まり、ふよふよとついてきて、千歳の前の椅子に座った。

 

 おかみさんがお茶を運んでくる。千歳の前に湯呑みを二つ置いた。


 「……」


 千歳が湯呑みを見つめる視線に気がつくと、「あら、ごめんなさいね。お一人だわね」と、湯呑を一つ下げようとする。


 「あ、いいえ。置いておいて下さい。俺、飲むんで」


 「あら、そう? ありがとね。じゃあ、注文が決まったら教えてちょうだいな」


 「えと、決まってるんでいいですか?」


 「はいはい。なにかしら?」


 「ハンバーグ定食二つ。チーズと刻み沢庵もつけてもらえますか?」


 おかみさんのお盆を抱えた腕が微かに動いた。

 笑顔が消える。


 「お兄さん……。あの子の知り合い?」


 あの子とはあかりのことだろう。

 千歳は肯いた。


 あかりの件は多くの二ュース番組で報道されていた。

 逮捕された男には結婚詐欺でかなりの余罪があるらしく、週刊誌や情報番組でも取り上げられている。

 あかりが勤めていた会社や、出入りしていた店などでも噂になったことは簡単に想像がつく。


 「そう……。なんていうか、ほんとにね。ほんとに……」


 おかみさんはすっと目尻を拭い、手を合わせた。


 あかりはテーブルの上に両手で頬杖をついて、懐かしそうにおかみさんを見つめている。


 やがておかみさんは静かに目を開けると、カウンターの中へ「ハンバーグ定食二丁! チーズと刻み沢庵ね!」と声を掛けた。







ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

次回からラストまでは一気に突っ走りたいと思います。

その都合により、次回の投稿までは少し時間が空いてしまいます。

なるべく早めに投稿できるようにがんばります。

次回からも千歳とあかり(正宗も)を見守ってくださると嬉しいです。

よろしくお願いしますm(__)m



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― 新着の感想 ―
あかりんにもちゃんとした繋がりがあったんだな。 このお店に来ていたら、詐欺師の本性を見つけて貰えたんじゃないかと、ふと思った。 だって、女将さんあかりさんの存在を感じているよ!
[良い点] はじめはあかりにとっての悲しい面から始まりましたが、千歳と出逢い、デートをする中で明るくなっていく姿がとても印象的です。 どんどん読み進んでしまうほど惹き込まれます。水族館、いいですよね…
[良い点] 背中を追っていた、か…… なんともまた、じんわりと来ますね……なんとも…… [気になる点] え(;・∀・)? も、もしかして、おかみさん、 いやいやいや、 でも湯飲み二つって…… […
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