最終話 後悔しない未来のために
――― 現代 岩村城址
「という、いきさつで、岩村城主はおつやから虎繁に変わったんだ」
「そうなんだ。それにしても、10年もかかって一緒になれたなんて、虎繁もおつやも、きっと嬉しかっただろうね」
「そうだね。あ、そういえば、この時の虎繁が行った求婚の言葉は、歴史書にも文言が残ってるんだって。俺が話した内容とは少し違うと思うけど」
「そうなの? ねえ、本当はどんな言葉で求婚したの?」
「ハハハッ、忘れちゃったよ。気になるなら検索してみれば?」
「もー、のぶ君は肝心なところがいつも抜けてるんだから」
遥華の愛嬌のあるしかめっ面が、信友は好きだった。
「さて、そろそろ休憩は終わりにして本丸跡を目指そうか」
山城の中腹で休憩を終えた2人は、再び上を目指して石段を進み始めた。
「ねー、おつやと虎繁の話なんだけど、その後どうなったの?」
遥華は話の続きが気になるようだった。
「その後の話ね。う~ん、あまりいい結末ではないから、後日談として簡単にまとめるね」
――― 戦国時代
虎繁とおつやはその後結婚し、2人の間にはやがて男子が生まれた。
虎繁は46歳、おつやは36歳、当時としては高齢での出産を2人を大いに喜んだ、と伝えられている。
ある日の岩村城の様子を、書物では『おつやも城兵も笑顔で生活を送っていた』と記録しているが、しかし、そんな幸せな日々が長く続くことはなかった。
1573年、武田信玄が上洛中に病死すると、その後武田と織田の軍事的優位は逆転。
1575年には、織田は虎繁とおつやが守る岩村城を攻めた。
織田の攻撃を数ヶ月耐えた虎繁だったが、その間武田の援軍が来ることは無かった。
勝機が無いと悟った虎繁は、織田に条件付きでの降伏を申し入れた。内容は、城兵とおつやの命を助けること。
信長は条件を受け入れると返答し、虎繁は城を明け渡した。
しかし、信長が約束を守ることはなかった。
城兵は皆殺しにされ、虎繁とおつやは岐阜に連行された後、磔にされ処刑された。
信長は、自分を裏切って虎繁の子を産んだおつやを特に憎んでおり、磔にされたおつやを見ると、自ら槍を取っておつやに突き立てた、ともいわれている。
――― 現代
「どう? あまりすっきりしない結末でしょ?」
「うん、歴史的な事実だから仕方ないけど、できれば2人には生き残ってほしかったな」
「そうだよね。虎繁は一人も殺さずに城下を味方に付けたのに、信長はその逆に皆殺しにしてしまうんだから。特に、おつやなんて織田の一族なんだから、本来であれば命くらいは助けてあげてもよさそうなものだけどね」
「ねえ、さっき、信長はおつやを『自ら直接手に掛けた』って言ってたよね? もしかしたらだけど、信長にとっておつやは、『殺したいくらい気持ちを奪われていた人だった』ってことなのかもよ? たいして信頼もしていない相手であれば、裏切られたとしても、そこまで憎んだりしないもの」
「信長にとっても、おつやは特別な存在だったってことか……」
2人が話しながら道を進んでいると、やがて本丸の跡地が見えてきた。
山頂は開けた平地になっており、所々に見える低い石垣は昔のままの姿を留めていた。
建物こそ残っていなかったが、そこは、とても気持ちのいい場所だった。
信友と遥華は、初夏の日差しに照らされた澄んだ丘を見渡した。
「綺麗な場所だね」
遥華が満足そうに本丸跡を眺めていると、信友は遥華を向き直って、
「そういえば、俺が今回の旅行でここに来たかった『本当の理由』を、遥華にはまだ話してなかったよね」
と、言った。
「ここに来た本当の理由? 虎繁ゆかりの場所に来たかったからじゃなくて?」
「うん、それもある。だけどそれだけじゃなくて。今回虎繁のことを色々調べてるうちに、思ったことがあるんだ」
(何を?)と疑問を抱きながら視線を送る遥華。
「それは、虎繁ができなくて後悔したことを、俺も同じように失敗したくないってこと。俺たちまだ知り合って2年だけど、10年も待ってたらきっと後悔することになると思うから。だから、今日ここで、俺はするって決めたんだ」
「するって、もしかして……、あれを?」
戸惑った表情を浮かべる遥華に、信友はニコリとほほ笑んだ。
「じゃあ、準備するからね。俺はそこの城門跡に立つから、遥華はあそこの本丸跡に行って」
信友が移動先を指さすと、遥華は、
「ちょ、ちょっと待って、もし私の想像が合ってるとしたら、虎繁達と同じように今日の記録を残さないと。まずは写真撮ろっ」
2人を見渡せそうな低い石垣の方に走っていくと、バックから折り畳み式の手鏡を取り出して置いた。手鏡はスマホを立て掛けるスタンドとして丁度よかった。
「遥華のことだから、どうせ写真撮るんじゃないかって思ってたよ。新緑に映えるシャツを選んだ俺は勝ち組だな」
遥華は写真のセルフタイマーをセットして本丸跡に移動すると、少し離れた距離の信友に聞こえるよう、少し大きめに声をあげた。
「ねえ! 今日の写真、歴史書と同じで500年後にも残ってるかなー!」
「きっと残ってるさ! だから、500年が1,000年だって色褪せない思い出を、これからも一緒に作っていこう! じゃあ始めるよ。ちゃんと聞いててね!」
意を決した信友が息を大きく吸い込むと、山頂にやわらかい風が吹いた。
遥華の手鏡に彫られた織田木瓜の家紋は、木漏れ日で静かに揺れていた。
再会は霧の晴れた浮き城で 終わり