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エリーシャはロイド様を捕まえるつもりがいつの間にか捕まってた

作者: かりん豆腐

明るい話が書いてみたかった。

「好きですロイド様! 結婚してください!」


 十五歳以上の貴族の子息子女が通う、名門グラッツィア学園にある研究棟の入口の前で、登校一時間前から待っていたエリーシャは目当ての人物を見つけると魔獣の如き勢いで近づき愛を乞う。


「それよりエリーシャ、今日は日直じゃなかったのかい?」


 高くも低くもなく、落ち着いていて優しい声。お日様みたいなアプリコットオレンジの髪に、理知的な眼鏡の奥に見える瞳は水に濡れた新緑のよう。


 少なくても、エリーシャは本気でそう思ってる。


 実際は研究に没頭するあまり、身なりにあまり頓着せず、伸びた髪はボサボサ。瞳も分厚い眼鏡に隠されてしまっている。


「はっ! 忘れてました! 会って早々ですがロイド様、ご機嫌よう!」


 挨拶もそこそこに急いでその場を後にしようとするエリーシャの耳に柔らかい声が響いた。


「エリーシャ、今日僕は昼食を研究棟の中庭で取る」


「はい! 授業が終わったら直ぐ伺います!!」


 子爵家令嬢であるエリーシャの姉の誕生日パーティーに、父と伯爵様が友人で縁があり、伯爵家の次期当主として来ていた当時十八歳のロイドに十歳で一目惚れし、エリーシャが挨拶代わりに求婚するようになり六年。毎度すげなく躱されてしまうが、学園に入学して昼食を一緒にとってくれるようになって二年。確実に進歩はしている。


 これまた実際は、エリーシャが入学したてのとき昼食をロイドととろうと学園内を探し回ったあげく、見つけられずに一週間ほど昼食抜きになったのを見かねたロイドが、朝突撃してくるエリーシャに居場所を伝えるようになっただけである。






 はぁ・・・今日もロイド様のお姿を拝見できたわ。


「毎日毎日よくやるわねえ」


 天にも昇る心地で日直の仕事をしていると友人である伯爵家令嬢のミラがため息をついていた。


「エリーシャ、来月私の誕生パーティーをウチで開くんだけど、良かったら来てくれる?いい機会だし、貴女もチェノイ子爵家の令嬢なら、いつまでもエリーシャの好意に胡座をかいてぼーっとしてる相手に構ってないで、婚約者の一人や二人探さないと行き遅れるわよ。そうなったら最後、どっかの好色爺のとこに身売り同然に嫁入りよ」


「もちろん行くわ!それと、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。なんてったって私の相手はロイド様ただ一人だもの。それ以外の三人も四人も有象無象なんて必要ないわ」


 日直の仕事をする手を動かしながら、ロイド様がいかに素晴らしいかを友人に説く。


「君たちねえ、男をなんだと思ってるのさ。見てご覧よ。可憐な姫君達の過激な話で周りの男どもが風化寸前だよ」


「あらキース。それこそ貴方だって何人女の子泣かせたのよ」


 話に割って入ってきたのは、試験のとき筆記用具を忘れて困っていた彼に予備のペンを貸した縁で話すようになった侯爵家令息のキース。


 最初はちゃんと丁寧に接していたが、彼は何かにつけエリーシャとミラの会話に割って入って来るようになり、いつの間にか気安い関係になっていた。


「俺はそんな女の子を弄ぶようなことしてませんー。でも俺も一途なエリーシャにそんな男は合わないと思う」


「キースまでロイド様のこと悪く言うのね」


 エリーシャがプンスカ怒り始めたところで始業の鐘と同時に担任が教室に入ってきて、エリーシャの怒りは霧散した。





 昼の鐘が鳴ると同時にエリーシャは二人分の飲み物を買って研究棟の中庭へと向かう。


「ロイド様!」


「いらっしゃい。エリーシャ」


 ロイドは中庭に設置されたベンチの上に二人分の昼食をだしてエリーシャから飲み物を受け取る。


「いつもありがとうございますロイド様。本当は昼食も私が用意できればいいんですけど・・・」


「エリーシャ。人には向き不向きがあるんだ。子爵令嬢の君の手に傷がつくのは避けたほうがいい」


「ロイド様・・・」


 なんて優しいのかしら。


 再三言うが実際は、一緒に昼食をとるようになったはじめの頃、エリーシャが手作り弁当を持ってきたことがあった。見た目はとてもキレイだったが、一口食べたロイドはその後三日間寝込んだ。それ以来、作ってくるというエリーシャにやんわりと断り、ロイドが昼食を用意することになった。


「あ、そうだわ。ロイド様。今度、ミラの誕生日パーティーに誘われたんです」


「ああ、ララファイ伯爵家の。エスコートは決まってるのかい?」


「いえ、その、まだで、そのう・・・」


 チラチラと横目で見ていたら、隣からクスクスと微かな笑い声が聞こえてきた。


「じゃあ一緒に行こう。日程は手紙で送ってくれる?」


「はいっ!」



 穏やかな昼食時間を過ごした後、二人はそれぞれ研究棟と教室へと帰っていった。


 教室へ戻るとキースが声をかけてきた。


「エリーシャ、さっきミア嬢の誕生パーティーの話があっただろ、なんなら俺がエスコートしてやってもいいぞ」


「お生憎様!ロイド様がエスコートしてくださるので結構です。それに、ロイド様の事を悪く言う人のエスコートは受けません」


 一旦は霧散した怒りがまた湧き上がってくる。謝っている声が聞こえる気もするが放って置くことにした。


 ミアがキースの肩をたたいて何か言っているが、気にもならない。


 ふんだ。キースとはしばらく口利かないんだから。少しは反省すればいいのよ。


 

 日課の求婚含め変わらない日々を過ごし、およそ二週間がたったある日、エリーシャとロイドはミアへ贈るプレゼントを探しに街へ来ていた。


「うーん。何がいいかしら」

 

 女性向けの雑貨店に入り悩むこと三十分。なかなか決まらずエリーシャは唸っていた。


「ロイド様どうしよう。決まらない」


「ララファイ伯爵令嬢とは仲がいいんだよね。なら揃いのものとかはどうかな?」


 ロイドの一言でエリーシャに天啓を得た。


「さすがロイド様!なら、リボンにするわ!お揃いのリボンを買ってそこに刺繍するの」


「うん、いいんじゃないかな。君は刺繍が得意だし、前にもらったハンカチも見事だった」


 ロイドに褒められルンルン気分でリボンを選び会計を済ませた。


 雑貨屋を出て、近くにあった可愛らしいカフェで昼食をとっていると、ロイドがこのあと寄りたい場所があると言ったので二つ返事で了承する。


 カフェを出るとエリーシャは仕立て屋に連れて来られ、中に入るとエリーシャに断りを入れて、ロイドは店主らしき人物と話し始めた。


 パーティーの衣装でも仕立てたのかしら。


 そう思い、店の中を見て回る。女性物の場所を見ていると、どれもこれも可憐で上品なデザインのドレスや小物が置いてあった。


「エリーシャ」


 話が終わったのかロイドに呼ばれ近くまで行くと、どこからか二人の女性が出てきた。


「さあ、お嬢様。こちらへどうぞ」


 ロイドを見ると頷いたため、大人しく奥へとついていく。


 しばらくすると、オレンジ色のドレスを着たエリーシャが出てきた。


 スッキリとして軽やかに見えるフィッシュテールドレス。白に近い淡い黄色いから始まって、裾に向かうにつれ濃くなっていき、最後にオレンジ色になるグラデーションが美しく、腰には太めのリボン。ハイネックだが胸元より上はレースで重く感じないよう工夫されていている。


「ロイド様、これ」


「今度のパーティーに着ていくドレスにどうかなって思って」


「とても嬉しいです。でも、前にいただいたドレスでまだ着てないドレスもありますよ・・・?」


 再三再四になるが実はロイドはエリーシャとパーティに出席する時や誕生日など、何かに付けてドレスやアクセサリーをプレゼントしていた。なのでエリーシャのクローゼットの中は、八割がロイドから贈られたものだった。


「今度のパーティーにはそれを着てほしいな。だめかな?」


「いいえ! このドレスを着て行きましょう!」

 

 エリーシャはお願いをするロイドが可愛く見えた。





 

 誕生パーティー当日、ロイドから贈られたオレンジ色のドレスと、これまたロイドから贈られた可愛らしいエメラルドのアクセサリーを身につける。


 支度が終わり、すでに来ていたロイドの元へ向かう。


「ああ、いいね。ドレスもアクセサリーも、とても似合ってるよ」


 そう言うロイドは、いつものボサボサの髪はきちんとセットされ、分厚いメガネも外されており、エリーシャ曰く、水に濡れた新緑のような瞳が晒されている。フロックコートとアスコットタイが似合っていて、いかにも青年貴族然としている。


「今日は久しぶりに眼鏡をかけていらっしゃらないんですね。ロイド様もとっても素敵です」


 エリーシャは度々ロイドにエスコートをしてもらっているが、分厚いメガネがないだけなのにロイドがキラキラしてるように見え、馬車の中では赤くなった顔を隠すように俯いていた。




 会場につき、入場を終え挨拶をするべくミアを探す。ミアの周りには人だかりができていた。


 今日の主役だものね。大変そうだわ。


 しばらく待って、人だかりが引いた頃、ミアに挨拶と祝辞を述べる。


「んもう。せっかく来てくれたのにやっと話ができたわ」


「今日の主役だもの。しょうがないわ。今日のミアとっても綺麗よ!」


「あら、エリーシャこそ、とても似合ってるわ。でも、そうねぇ、貴女まだ婚約者がいないでしょ?()()()()ドレスと同じ色合いだけど、隣の殿方はまだ違うようだし。どなたか紹介しましょうか」

 

 ミアは一瞬、ロイドに訝しげな視線を向けたが、直ぐにエリーシャに視線を戻しため息をついた。


「ララファイ伯爵令嬢、今日は責任を持ってチェノイ子爵からエリーシャを預かっている。その申し出は辞退しよう」


 もとより、更々他の男性と会うなんて考えてもないエリーシャは、ロイドが断ってくれたことに心の中でお礼を言う。


「失礼、ミア嬢と、もしかしてエリーシャ嬢か?」


 声がした方を向くとキースがいた。

 

「あら、キース様。いらしてたのですね」

 

「頼まれたから仕方なくよ」


 確かに侯爵家令息に頼まれたら伯爵家令嬢のミアには断れないだろう。


「エリーシャ嬢の隣にいるのは?」


「はい、彼はロイド・ターナクロス。今日は私のエスコートで来てもらいました」


「ご紹介に与りましたロイド・ターナクロスです」


「へ!???」


「エリーシャ、彼はララファイ伯爵令嬢に話があるようだ。少し外の風にあたりに行こう」


「ええ。では御前失礼いたします。ミア、またね」


 キースは混乱していた。


 エリーシャとミアから聞いていたロイドはもっとこう、うだつの上がらないような男を想像していたのである。いや、実際研究棟で一度見かけたロイドの見た目は当にそれだった。なのに好意を持ってくれてるエリーシャが側にいて心地いいから受け入れることも拒絶することもしないズルい男だと。


 それが実際どうだ。


 そこいらのぱっとしない貴族なんか目じゃない位貴族然としていているし、人が混乱してる間にさらっと離脱しやがった。何より、


 エリーシャのドレスとアクセサリーの色!!


 全身で自分のものだと言ってるようなものじゃないか。しかも俺、当て馬にすらなれてない。


 途端、アホらしくなり盛大なため息をついた。


「残念だったわね」


「知ってたのか?」


「もちろん。あの二人、学園に入学したときからそうよ。ミアはもう一押しって思ってるだろうけど、あの男はもう自分のものだと思ってるわよ」


「なんでさっさと婚約なり結婚なりしないんだ?つーかあんなに露骨なのにあと一歩って」


「貴方、メリーニール侯爵令嬢をご存知?」


「ああ、まあ同じ侯爵家だし顔くらいは」


「彼、それから逃げ回ってるのよ。私が知っているのはそれ位だけど、今日の感じだとそのうち分かるんじゃないかしら」





 エリーシャとロイドは人混みを抜け、バルコニーに来ていた。


「風が涼しくて気持ちいい。ロイド様、今日はありがとう」


「エリーシャ」


 エリーシャの手を取り向き合うと、ロイドは片膝をつきエリーシャを見つめる。


「遅くなってごめんね。エリーシャ。どうか僕と結婚してほしい」


「へ?けっこん・・・結婚!?」


「返事は?」


「けっこん・・・あの。でも私でいい・・・の?」

 

「僕はエリーシャがいい。それで、返事は?」


「は、い」


 返事を返した途端、エリーシャの目から涙が溢れる。涙を止めよううとすればするほど止まらなくて。


「う"ー。ろいどさまぁー」


 抱き寄せられロイドの胸に埋まったエリーシャの涙が止まるまではしばらく時間がかかった。





 涙も引き、挨拶もそこそこに馬車に乗り帰路につくと、エリーシャはロイドに疑問をぶつけた。


「そういえば、ロイド様はなんで今日は眼鏡をかけてないんですか?私が十五でデビュタントを迎えた時からエスコートしてくださったときは、毎回かけてましたよね?」


「ああ、やっと堂々と出歩けるようになったからね」


「?」


「エリーシャ。本当はもっと早く君に結婚を申し込みたかったんだ」


 ロイドの話によると、出会った頃はエリーシャは十歳だった為、当然ロイドも本気で受け取ってはいなかった。


 ただ、その頃は結婚したい人もいなかったし、政略結婚を急がなきゃいけないような状況でもなかったため、これ幸いと結婚から目を背けて研究に没頭していた。


 そんな中、変わらず求婚してくる少女にだんだんと絆され、エリーシャが十四歳になった時に婚約期間を長めに取ることを条件にエリーシャの求婚を受けようとした。


 そう思っていたある時、ロイドは父について行ったメリーニール侯爵家の夜会で躓きそうになったメリーニール侯爵令嬢を助けた。その時は名乗らずすぐにその場を離れたが、その日は会場を出るまで侯爵令嬢の視線を感じた。


 それから、夜会や式典に行くと視線を感じるようになり、視線の先を探ると侯爵令嬢がいたと。幸い、相手はロイドの名前を知らなかったのか、侯爵家から伯爵家へ縁談が届いたりはしなかった。だから、近づいて来ようとするたびにさり気なく距離を取った。


「せっかく婚約したい女性ができたのに、もし仮に侯爵家から縁談が来てしまったら、伯爵家じゃ断れないからターナクロス家の人間だとバレないよう必死だった。ただ、焦って婚約して、万が一エリーシャに矛先が向かったら大変だから、エリーシャの求婚には頷けなかった」


 それからは本当に最低限必要な付き合いにのみ出席し、徹底的に避けていた。


「そしたら次はエリーシャ、君のデビュタントだ。君の父君に事情を全部話して、エリーシャの学園卒業までにしっかり方を付ける約束をして、エスコートする権利をもぎ取った」


 ただ、侯爵令嬢はエリーシャと年の頃があまり変わらなかったから、用心のため眼鏡をかけることにした。研究棟に籠もってるときに使っている分厚いメガネをかけてしまえば印象もガラリと変わる。オレンジの髪は珍しいけど、全くいないわけじゃないし。


 結果として、それは成功した。


「それからはエリーシャのエスコートしたり、研究棟に籠って研究をしてた。それでやっと、人が持つ魔力を固めて魔石にする技術が確立したから、国王陛下から褒美としてエリーシャとの結婚を申し出て来た」


「・・・・えっと、ええっと、えええええ!?」


「国王陛下の許可した婚姻に文句をつける貴族はいない」


「そうじゃなくて、私! 結婚してたんですか!?」


「うん? プロポーズに返事をくれたよね」


「そうでもなくて!」

 

 なんと。いつの間にか既婚者だった。

 

「ちなみにいつから・・・?」


「昨日」


「きのう」


「エリーシャが頷いてくれてよかったよ」


 国王陛下の褒美って子爵令嬢との結婚に使っていいものなの?



「これからはエリーシャがプロポーズしてくれた分ちゃんと返してくから期待してて、ね?」



 ロイド様を捕まえるつもりだったのに捕まったのは私だった。


 


裏設定でメリーニール侯爵令嬢は実は乙女ゲームの主人公だったり。名前を知らないのではなくて、順番にイベントを起こそうと奮闘してたとか。


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