きっかけ
「あなたはどうしていつも普通のことができないの」
後部座席に座る私を見やりながら、母は呆れたような、普段よりも低い声でそう言った。
私は当時運動が極端に苦手だった。
マラソン大会の練習中、私は毎回途中で疲れて歩いてしまい、そのせいで次の授業に遅れてしまっていた。このことは母には伝えていなかったが、三者面談のとき担任の先生が母に、マラソン大会の本番で、私がゴールする時間が遅すぎるために次の学年のスタートする時間が遅れるかもしれないことを告げた。
クラスメイトに馬鹿にされても気にしない性格だったのだが、そのとき初めて、自分が他人に比べて劣っているということの自覚と、焦りの感情が込み上げてきた。
自分が他人に比べて劣っているのは、マラソンだけに限った話ではなかった。
勉強では、通信教育の教材をこなせずに溜めてしまっており、学校の成績も良くなかったし、習い事でバレエとピアノを習っていたが、バレエ教室では下手で毎回酷く叱責され、ピアノは一向に上達できず、レッスン中に悲しくなり泣き出してしまうことが多かった。
とにかく、努力して変わらなければならない。と強く思った。
その日の夜からマラソン大会当日まで、毎晩1時間近所を走ることにした。
走り始めてから、徐々に走ることができるようになり、マラソン大会では約40人中16位だった。
母や先生にも褒めてもらえ、マラソン大会の感想文を学校集会で全校生徒の前で発表することになった。
努力をすれば、報われる。
努力をすることって、凄いな。
小学3年生の、短い人生をただ漫然と過ごしてきた私にとってそれは大きな発見で、そのときの快感はとてつもなく大きかった。
マラソン大会後、勉強や習い事でも、劣っている自分を変えて結果を出そうと努力するようになっていった。