願いと流れ星ときみとぼく。
「あのね、わたし、流れ星なの」
少女は、少年に向かってそう言いました。突然のことに訳が分からず、ぽかんとしていると、少女は続けます。
「わたし、運命の人の願い事を叶えると、消えちゃうの」
「……どういうこと? ぼく、よく分からないよ」
「そのままの意味だよ。願いを、叶えたら、消えるの」
少年には意味がよく分かりませんでした。けれど、どこか悲しそうな顔をする少女を見て、なんだか嫌だなと思いました。
少年が俯いていると、少女は続けてこう言ったのです。
「悲しいことじゃないよ。願いを叶えるのが流れ星の使命で、しあわせなことなの」
「じゃあ、どうして、そんなに悲しそうな顔をするの」
「……きみと、一緒に、居られなくなるから、かなぁ」
少年は思わず少女の手を取りました。すると少女は柔らかく、微笑みました。その笑顔を見た時、少年は自分の胸の奥がきゅっと締まるような感覚を覚えました。それは今まで感じたことのないものでした。
「消えないで。ぼくと一緒にいてよ。願いを叶えるのが使命なら、ぼくと一緒に居るってお願いを、叶えてよ」
少年の言葉を聞いた途端、少女の顔がくしゃりと歪みました。そしてぎゅっと目を瞑りながら、涙をこぼしました。
「わたしの叶える願い事はね、きみが願った、わたしの病気が治りますように、って、お願いなの」
……少女は重い病を患っていました。治療法も確立されておらず、症状を緩和する薬があるだけでした。長く生きられないことが分かった少女は、とても焦っていました。流れ星として生まれてきたのに、未だ運命の人が現れない。そんな時現れた運命の人が、少年でした。
二人は街で出会いました。発作を起こした少女を介抱してくれたことがきっかけです。その時はまだ、ただのお節介焼きという印象しかありませんでした。
それから少年はしばらく少女の元へ通っていました。話しているうちに、少しずつ打ち解けていきました。二人でいる時間は楽しくて、気付いたら、かけがえのない存在になっていました。
ある日、少女は少年に自分の病気のことを伝えました。もうあまり時間がないことを知っていたからです。これ以上少年に迷惑をかけたくないと、そう思って伝えたのです。
少年は涙を流しながら、それでも少女のそばにいると言いました。たとえ自分がいなくなったとしても、ずっとそばにいると言ってくれました。そしてその少しあと、身体中に稲妻が走ったような、言葉では言い表せない感覚に襲われました。そして少女は気付きました。……ああ、彼が、私の運命の人なのだと。
『病気が治りますように』
ドクン、と心臓が大きく鳴り響きました。
神様がいるのなら、とても残酷なことをしてくれる。少女は、少年が帰ったあと、一人で涙を流しました。
「そんなの……っ、どうして、だったら、君は……」
少女が叶える願い事を聞いた少年は、ぼろぼろと大粒の涙を落とし始めました。
「ぼくの願いを、叶えたら、消えるんだよね? でも、願いを叶えなかったら、君は、病気で……」
嗚咽混じりの声で言う少年を見ていた少女の目からも、また雫が落ちてきました。
「きみが、わたしのことを願ってくれて、嬉しかった。きみが、私の運命の人なのも。とっても、嬉しい」
少女は優しく微笑むと、そっと手を伸ばして、少年の頬に触れました。
触れたところから、温もりが伝わってくるようでした。
少年はその手を両手で包み込むようにして握りしめます。
少女の手はとても小さくて、冷たくて。
今にも消えてしまいそうで、少年は、怖くなりました。
「願いなんて、叶わせない。君の病気は治るし、ずっと消えない。ずっと、一緒に……」
「わたしは、きみの願いを叶えて消えるんじゃなくて、きみの願いを叶えるために、産まれてきたんだよ」
「っ……そんなこと、平気なかおで、言わないで……。ぼく、きみと一緒にしたいこと、いっぱいあるのに、……」
少年の言葉を聞いて、少女は困ったように笑いました。
「もっと、一緒に、いたい、のに……っ、叶えて欲しいの、いっぱい、あるのに……、きみ、に、ぼくのこと、す、きに、なって、ほしかった……っ!」
溢れ出した感情を抑えることができなくなって、少年は泣き叫びました。少女はそんな少年を見て、眉を下げて、困った顔をしながら、微笑みました。
そして、ゆっくりと口を開きました。
「────」
…
…… 少年は目が覚めました。
どうやらソファで眠っていたようです。変な体勢で寝ていたせいか、首が痛くなっています。
あれは夢だったのか、それとも現実に起こったことなのか。それを確かめる術はありません。けれど、少年の手には、あの時触れた少女の体温が、残っていたような気がしました。
頬が濡れているのを感じ、少年は外に出ました。夜の空は雲ひとつなく晴れていて、星がよく見えました。こんなに綺麗に見えるのは初めてかもしれません。
少年はふと、夜空を見上げながら呟きました。
……きみは、しあわせだった?
すると、流れ星が一つ、落ちていきました。
そして次の瞬間、沢山の流れ星が流れました。
それは、まるで、星々が囁いているように。少年の問いかけに、答えるように。
『わたし、きみのこと、大好きだよ。きみといられて、とっても、しあわせ』
あの日の少女の言葉は、流れ星となって、少年の胸の中へ、落ちました。