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第一話 遠足と薬草採取

「ハルトさん、本当に冒険者なんですね」

「うん?」


「革の鎧に腰の剣、なかなか様になってると思いますよ」


 空間収納に放り込んであった装備の中から、初級冒険者が使うような物を選んだのだが、それでもリリーには新鮮だったようだ。


「それじゃ行ってくる」


「ポピー、ハルトさんの言うことをよく聞くんですよ」

「分かったぁ!」


「行ってらっしゃい。ハルトさん、ポピー」


 三人のシスターと、ポピーを除く七人の子供たちが手を振って送り出してくれた。


 ただし、リリーだけは何となく疲れているように見える。昨夜あの後、彼女に何があったかは聞かぬが仏というものだろう。あ、ここは聖教皇国なので、聞かぬが神となるのか。


 これから俺はポピーを連れて冒険者協会に行き、適当な素材採取の依頼があれば請けることになっている。なければ皇都散策でもいいかも知れない。



 ポピーはオリビアとレイラが作ってくれた二人分のおにぎりをリュックに背負い、俺の手をしっかり握って嬉しそうに歩き出した。


 米は昨日買ってきたものを、おにぎりのためだけにわざわざ炊いてくれたらしい。残りはまた機会をみて出すと、オリビアはそう言っていた。


 やはり米は特別なのだそうだ。



「ポピー、冒険者協会までは一時間くらい歩くから、疲れたらすぐに言うんだぞ」

「うん!」


「お腹が空いたりトイレに行きたくなったりしたら我慢するなよ」

「分かった」


「ポピー」

「なぁに?」

「楽しいか?」

「うんっ!!」


 彼女にとっては初めてのお出かけと言っていい。そのため今日はおめかししている。


 とは言っても貧しい教会に、子供用の可愛らしい服など置いてあるはずがない。これは昨夜シスターたちが徹夜で、いつもの見窄(みすぼ)らしい服に刺繍などを飾りつけたものだった。


「見て見てハルぉさん、シスターがやってくれたのぉ!」


「よく似合ってて可愛いぞ、ポピー」

「やったぁ!」


 だが、どの世界にも心ない者はいるものだ。皇都に近づくにつれ増える人通りの中に、ポピーを見て嘲笑する者も少なくはなかった。


「ねえ、どうしてあの人たちは私を見て笑ってるの? 楽しい気持ちにしてあげられたのかなぁ。だったら嬉しいな」


 何という純真無垢。俺は思わず涙が出そうになったよ。

 だから当然、彼女を嘲笑う(やから)は許せなかった。



『貴様らも(あざけ)りを受けるがいい』



「わっ! どうしてあの人、パンツまで脱いじゃったの? おっかしい!」


 キャッキャとはしゃぐポピーの声を聞き、ズボンとパンツがずり落ちて転んだ男性に周囲の視線が集まる。ソイツはポピーを嘲笑ったヤツだ。

 当然、通行人たちからも失笑を買っている。


 これは俺が魔法でズボンとパンツのゴムを燃やしてやった結果だった。多少の火傷も負ったとは思うが、大怪我になるほどではない。


 彼は慌ててパンツとズボンを引き上げたが、ゴムが切れているので固定出来ず、再び転んで周囲を大笑いさせていた。


 芸人なら美味しさ大爆発だっただろう。


「ここって面白い人がいるんだね。私もまだまだだなぁ」


 おいポピー、お前はお笑いを目指さなくていいからな。



 それからしばらく歩いて、俺たちは冒険者協会に到着した。

 結構な距離を歩いたのに、ポピーは相変わらず元気なままだ。


「あ、ハルトさん!」

「ドロシー、昨日ぶりだな」


「はい! あの、昨日はありがとうございました」

「いやいや」


「それでえっと……その子はまさかハルトさんの……?」


「ああ、違うよ。コルタ教会の子さ。

 ポピー、ドロシーお姉ちゃんに挨拶しようか」


 彼女を抱き上げると、元気な声が協会内に響いた。今は昼前なので他に冒険者はおらず、カウンター内にも職員が数人いるだけだった。


「こんにちはっ!」

「あら、こんにちは。私はドロシーよ」

「ドロシーお姉ちゃん、私ポピー!」


「ドロシー、今日はこの子を連れて薬草採取に行きたいんだが、そんな依頼はあるか?」


「薬草でしたら常時協会が買い取りますよ。受注手続きもいりません」

「そうか」


 この辺りはどこの協会も同じということか。フォルテネシア王国のラードでも薬草は常時買い取りしてたしな。


「行こうか、ポピー」


「うん! えっとドロローお姉ちゃん、またねぇ!」

「ドロロ……ドロシーなんだけど……」


「はっはっはっ! またな、ドロロー」

「ハルトさんまで!」



 薬草が採れるのは、皇都の北にあるピネレーと呼ばれる森の中だと教えられた。

 ただ、深部には一角豹(ホーンレパード)が棲息しているらしい。


 一角豹とはその名の通り、角が生えた豹の魔物である。体高は一メートルほどしかないが、ヤツらは獰猛ですばしっこい。しかも木の上から襲ってくるから厄介な相手なのである。


 毎年少なくない数の冒険者がうっかり彼らの縄張りに足を踏み入れてしまい、命を落としているとのことだった。

 ちなみに冒険者協会で得られる討伐報酬は、金貨一枚とそこそこ高い。


 警戒すべきは緑毛鼠(グリーンラット)だけではないようだ。ポピーが一緒なので注意することにしよう。



 なお、森で採取出来るのは主にキュアル草と呼ばれる植物で、根は残しておくとまた生えてくるという。要するに根ごと抜かないのがセオリーというわけだ。


 冒険者協会のキュアル草買い取り価格は一本当たり銅貨二枚。日本円で二十円くらいにしかならないが、今回の目的はポピーの遠足だから全く問題ないだろう。


 それにわずかでも自分の手で金を稼ぐことが出来れば、彼女にとってもいい経験となるはずだ。



 森に着くとちょうど昼時だったため、先におにぎりを頬張ってから俺たちは薬草採取を始めることにした。


「おにぎり美味かったな」

「ねー!」


「よし、それじゃこの辺で薬草を探すことにするか」

「うん!」


「夢中になって奥に行ったらダメだぞ。怖~い魔物が棲んでるからな」

「食べられちゃう?」


「見つかったら食べられちゃうよ」

「食べられるのやだぁ! 魔物こあぁい!」


 口ではそんなことを言っているが、ちっとも怖そうにしているようには見えない。


 こんな入り口付近ではそうそう薬草も見つからないだろうが、ポピーが楽しければそれでいいだろう。

 薬草探しは彼女に任せて、俺は周囲を警戒することにした。


「ハルぉさん、キュアル草ってこれぇ?」

「お! もう見つけたのか? どれどれ」


 協会で教えられた通り、彼女は根から抜かずにちゃんと茎を折っていた。


 そしてまさかとは思ったが、その小さな手に握られていたのは確かに薬草で間違いない。しかし目的のキュアル草よりかなり小さかったのだ。

 こんなのよく見つけたものだと感心してしまうよ。


「すごいぞ、ポピー。だがこれはキュアル草じゃなくてキュアルガ草だ」

「キュアルガ草?」


 彼女が見つけたのはキュアルガ草だった。これはキュアル草より高い効果の薬が作れる薬草で、発見率はキュアル草の百分の一ほどと言われている。


 二つの薬草の見た目の違いは葉の形。先端が尖っているのがキュアル草で、丸みを帯びているのがキュアルガ草である。


 冒険者協会で得られる採取報酬は一本当たり銀貨一枚。日本円で約千円だから、キュアル草の実に五十倍の価値があるということだ。


「やったな、ポピー!」

「私すごいの?」


「ああ。これ一本で何人もの人が助かるんだ」

「やったぁ! じゃもっと探すぅ!」


 そう言って張り切っていた彼女だったが、どうやらキュアルガ草発見はビギナーズラックだったようだ。その後はキュアル草を二本見つけられただけで、帰る時間になってしまった。


「ポピー、暗くなる前に帰るとしよう」

「えー、もっと探したいよー」


「また連れてきてやるからさ。それに暗くなると魔物が出てきて食べられちゃうぞ」


「んー、絶対また連れてきてくれる?」

「ああ、約束しよう」

「分かった。帰る!」


 こうしてポピーの初めての遠足は幕を閉じ、採取した薬草を協会で換金してから、俺たちは教会への帰路についた。


 どうやら魔物の襲撃は杞憂に終わったようだ。ポピーを危険な目に遭わせなくて本当によかったよ。

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