第六話 歓迎会と呼び捨て
コルタ教会にいる子供たちは総勢八人。上は十二歳の女の子でキャロル、一番下が五歳のポピーである。
この二人を含めて男の子が二人で女の子が六人。
当然のことながら力関係は女子が圧倒的に勝っているようだった。もっとも教会を取り仕切るシスター三人が女性なのだから、致し方ないことではある。
「皆、お行儀よく座ったかな?」
「うん!」
市場から戻ってすぐに、シスターたちが調理を始めた。もちろん空間収納スキルはリリーにしか教えてないので、教会に着く直前で食材を取り出し、余人には二人でえっちらおっちら運んだ体を見せている。
「今夜はハルトさんの歓迎会です。そしてこのお肉とお米はハルトさんが用意してくれました!」
オリビアが祈りを捧げるポーズを取るが、すでに子供たちの視線は目の前の料理にしか注がれていなかった。
それが分かったのか、オリビアの口上も予定の十分の一以下で切り上げられてしまう。
「食べてよしっ!」
そして始まる肉の争奪線。いや、だから争わなくてもまだまだあるって。リリーも子供たちに加わって、次々と肉を頬張っている。
「美味ひぃぃっ! あ、こら、それ私の!」
「へへーん! あぐっ……ぐっ……んぐんぐっ……」
「ほら見なさい。慌てて口に入れるから。はい、お水」
「ぷはぁっ! ビックリしたぁ」
「もう、ビリーはおやつ抜きです! ぐっ……ごっ……」
そんな彼女も肉を喉に詰まらせて、目を白黒させながら水を飲んでいた。
おしとやかにしていれば飛びきり可愛いのに。
ま、あの元気さや明るさが彼女のいいところなのだろう。いくら可愛くても近寄り難いよりはずっといい。
それにしても、こんなに賑やかな食事はアイツらといた時以来だな。
するとオリビアが近くに来て俺に耳打ちしてきた。
「すみません、ハルトさん。シスター・リリーに聞きましたが、金貨を五枚も使われたとか」
「そのことなら気にしないでくれ」
「無理ですよぉ。縁もゆかりもない教会にここまでして頂いてしまって、何とお礼を言えばいいのか」
「だったらこれから俺はここに住ませてもらうんだし、縁もゆかりもどんどん作っていけばいいさ」
「ハルトさん……」
「そんなことより早く食おう。肉はまだまだあるからな」
「オジサぁン」
そこへ口の周りにソースをつけたポピーが、とてとてと近寄ってきた。
「ポピーはもう。オジサンじゃなくてハルトさん!」
「リリー、いいって」
「ハル……ぉさん?」
「そ、ハルぉさんだ。どうした、ポピー?」
ナプキンで口を拭いてやりながら、俺は彼女を抱え上げて膝に乗せた。
「んとね、お肉美味しいの!」
「そりゃよかった。たくさん食べな」
「ハルぉさん、ご飯食べたら帰っちゃうの?」
「ん? 帰らないぞ。今日からここに住むことになったからな」
「ホントぉ!? やったぁ!?」
「さ、皆とお肉食べておいで」
「分かったぁ!」
ポピーを床に降ろすと、来た時と同じようにとてとてと子供たちの中へ戻っていった。
その様子を優しそうな目で見つめながら、リリーがポツンと呟いた。
「ポピーは外から来る人が大好きなんです」
「外から来る人?」
「最近はほとんど人が来なくなりましたが、以前は信者さんもよく見えてましたので」
「ああ、なるほど」
「でも皆さん、それぞれ用事が済んだら帰っていかれるでしょう」
「ま、そりゃそうだろうな」
「あの子はそれが寂しくて仕方ないんですよ」
「私たちも一日中相手をしてあげられるわけではありませんので」
レイラが料理の乗った皿を俺の前に置いて、話に加わってくる。
期せずしてこれで俺は、美少女シスター三人に囲まれることになった。
「ポピーはいつからここに?」
「産まれて間もなくと聞いてます。
ある朝、教会の入り口のところに名前を書いた紙と一緒に捨てられていたそうです」
「酷い親だな」
「仕方がなかったんだと思うことにしています」
「親は分からないのか?」
「はい。コルタ村を含め、付近の村の住人ではないですね」
確かに近くの村人が捨てたなら、母親が妊娠していた期間もあるはずだしすぐに分かるだろう。
「せめてどこか遊びに連れていってあげられたらいいんですけど……」
「ん? 無理なのか、リリー?」
「ポピーは小さいですし、私たちも畑仕事や買い出しなんかもありますので。
一番上のキャロルもまだ十二歳ですから任せるには早いと……」
「それにキャロルはあの容姿なので、どうしても男性の目を引いてしまうんです」
「かえって危ないってことか」
言われてみればキャロルという子は、その年齢にしては色々と発育がいい。さらに、子供と分かっていてもドキッとさせられるほど美人だ。
男の目を引くというのも納得出来る。
「そういうことなら、俺が連れていってやるよ」
「ハルトさんが?」
「ちょうど明日は冒険者協会の依頼でも請けに行こうと思ってたからさ」
「依頼って、危険じゃないですか?」
「大丈夫だよ、リリー。
請けるのは薬草採取にするつもりだし、山の奥までは入らないから」
出てくるとしても、緑毛鼠がせいぜいだ。
緑毛鼠とは、その名の通り緑色の毛に覆われた鼠の魔物で、体高は成獣でも三十センチほどにしかならない。体当たりにさえ気をつければ初心者でも倒せる相手である。
ちなみに冒険者協会で得られる討伐報酬は銀貨三枚。日本円にして約三千円だから、危険度もその程度ということだ。
「でも、ハルトさんはレベル3なんですよね」
「あはは。確かにそうだけど」
「え!? ハルトさん、レベル3なんですか!?」
「あれ? オリビアさん、リリーから聞いてない?」
「初耳ですよ!」
「私もです!」
「レイラさんまで……」
「本当に大丈夫なんですか? 無理しなくても……」
「大丈夫だって。これでも経験者だからさ」
「分かりました。そういうことでしたら、お願いしてもよろしいでしょうか」
オリビアがそう言うと、レイラもリリーも渋々ながら納得といった感じだった。
まあ、実際はもっと強い魔物が出てきても問題ないんだけどな。低レベルのせいで魔力は少ないが、前回の召喚時に得たスキルは一部レベル制限はあるものの、ほぼそのまま使えるからだ。
そんなことを考えていたら、レイラがいたずら顔で声をかけてきた。
「ねえ、ハルトさん」
「何だ、レイラさん?」
「どうしてシスター・オリビアと私はさん付けなのに、シスター・リリーは呼び捨てなのかしら?」
「は?」
「ちょ、ちょっとシスター・レイラ!」
「言われてみれば確かにそうですね。市場に行った時に何かあったんですか?」
「シスター、オリビアまで! 何もありません!」
「ホントかなぁ、シスター・リリー?」
「いや、本当に何もないぞ、レイラさん。ただリリーから呼び捨てにしてくれって言われただけだから」
「ちょ、ハルトさん! どうして余計なことを……」
「はっはぁん、シスター・リリー、後で詳しく聞かせて下さいね。もちろん、主神様に誓って正直に」
「う、うぅ……」
ニヤリと顔を合わせるオリビアとレイラ。そんな二人の様子にリリーは真っ赤になってうつむくのだった。