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第四話 シスターと猪肉

 俺が住み込ませてもらうことになった教会は、皇都レイタビークから徒歩で一時間ほどの距離にある小さな村、コルタの中にあった。

 そのためコルタ教会と呼ばれている。


 コルタ村の住人は老若男女合わせて百人ほどだが、かつては近隣の四つの村も合わせた拠り所となっていたそうだ。全村人がルーミリン聖教の信者で、総数は三百人を超えていたという。


 とは言ってもその中には、信者の親から生まれたばかりの赤ん坊も含まれている。実質的に寄付金を納める能力のある者は半分くらいと考えていいだろう。


 ただリリーの話にあった通り、当時の司祭が寄付金を持ち逃げしてしまったため、今では誰一人寄りつかないそうだ。もっとも彼らもシスターや子供たちに責任がないのは分かっているので、村八分にされるようなことはないと言っていた。


「ようこそおいで下さいました。オリビア・ミラーと申します。

 一応この中では年長なので、リーダーということになりますでしょうか」


 リリーが部屋に連れてきた二人のシスターのうち、金髪に碧眼(へきがん)の少女が頭を下げて挨拶してくれた。彼女たちは市場まで買い物に出掛けていたのである。


 ところでオリビアは自分が年長でリーダーだと言ったが、三人の中で一番背が低い。それに童顔なので、どう見ても年長とは思えなかった。

 リリーより一つ年上の十七歳だそうだ。


「私はレイラ・ペレス、リリーと同い年の十六歳です」


 もう一人のシスターは銀髪に紅い瞳で、目元が涼しげな美人さんだった。一瞬吸血鬼族かと思ったが、そんな種族は存在していない。

 聞けばエルフ族と人族の混血、ハーフエルフだそうだ。


 後からやってきた二人はベールを着けていて分からなかったが、彼女は自己紹介の時に横に尖った耳を見せてくれた。


 ちなみにハーフエルフが蔑まれているなんてよくある設定だが、この世界にはそう言った差別は存在しない。あるとすれば奴隷に対する差別だが、それとて拷問などの非道い仕打ちは禁止されている。


 せいぜい高貴をウリにする店に入らせてもらえないとか、その程度だった。


 なお、彼女たちもリリーと同様に膝上丈の修道服を着ている。もしこれが聖教の長である聖帝の趣味なら、グッジョブと称賛を贈りたい。


「ハルト・キサラギだ。これからよろしく頼む」


「ハルトさんが来るって分かっていたら、市場でお肉でも買ってきましたのに」

「ああ、そう言えばさっきダブルヘッドボアの話が出たな」


「シスター・リリーったら。この子はあの猪肉が大好物なんですよ」

「もう! シスター・オリビア、そんなことハルトさんに言わなくてもいいじゃありませんか」


「言われなくても分かるさ。さっきなんて……」

「は、ハルトさん、言ったら()()()()()ですよ!」


「おやつ抜き……それは困った!」

「シスター・リリー、ハルトさんにそれは……」


 レイラが苦笑いでそう言うと、リリーは真っ赤になってうつむき、俺とオリビアは声を出して笑ってしまった。


 なかなかいい雰囲気じゃないか。これなら楽しく暮らしていけそうだ。


「ま、ダブルヘッドボアを狩るのは無理だが、肉なら買ってくるよ」


「そんな、申し訳ないです!

 と言うかシスター・リリー、あなたまさかハルトさんに狩りをお願いしようとしてたの?」


「だってハルトさんは冒険者だって言うから、狩ったら少しお肉を分けてほしいと言っただけって……

 どうして言っちゃうんですか、ハルトさん!」


「あははは、悪い悪い。そう言うつもりじゃなかったんだけど」


「もう! やっぱりおやつ抜きですぅ!」

「おやつ抜きはシスター・リリーの方です!」


 オリビアに言われて、またもリリーが真っ赤になっていた。恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。


 しかし罰がおやつ抜きなら、やはり平和でいいと思う。何となくマイブームになりそうだし。


「ま、せっかくだしお近づきの印に買ってこよう」

「いえ、そこまでお気遣い頂かなくても……」


「でもほら、リリーさんはヨダレ垂らしてるぞ」

「垂らしてません!」


「あはは。ただ俺はこの国に来たばかりで市場の場所が分からないんだ。誰か案内してくれないかな」

「本当に悪いですから……」


「オリビアさん、年上の好意は素直に受けるものだよ。

 それに実は俺も食ってみたいんだ」


 実際には何度も狩って食ったことがある。あんな猪ごとき、本来の俺なら簡単に狩れるのだ。

 そして確かにあの肉は買えばバカ高いがマジで美味い。


 子供たちにも腹いっぱい食わせてやりたいしな。


「そこまで言って下さるなら……ありがとうございます」

「主神様とハルトさんに感謝ですね」


 申し訳なさそうに頭を下げるオリビアを見て、レイラが目を閉じて手を合わせた。


「それでは市場へのご案内はシスター・リリーにお任せ出来ますか?」

「分かりました。シスター・オリビア」


「ところでオリビアさん。米は作ってないのか?」


「田植えが大変なので作ってません。

 私たちの主食はパンで、お米は月に一度のご馳走なんです」


「そうか。しかしせっかくの肉だし、俺は米と食いたいな。

 よし、ついでに米も買ってくるか」

「さすがにそこまでは……」


「いいって。宗教的に月一度って決まってるわけじゃないんだろ?」

「それはそうですが……」


「じゃリリーさん、早いとこ行こう」

「はい! おっ肉♪ おっ肉♪」


「おやめなさい、シスター・リリー。はしたない」

「はぁい」


 頭を抱えるオリビアに少し同情しながら、俺はリリーと共に市場へと向かうのだった。

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