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第六話 出店とペンダント

 やっぱり温泉は万国共通、いや、万世界共通と言ってもいいのではないだろうか。


 ニュー・キサラギが周辺住民への無料開放を経てオープンしてからというもの、連日多くの人が訪れていたのである。


 駅馬車のレイタビーク線も毎回満員運行だ。現在は馬そりになっているが、ラミア嬢は馬車の拡充を急いでいた。


「温泉は一過性の人気に留まらないと思いますよ」

 この俺の一言で、大幅な増資を決めたそうだ。


 その他、コルタ村に続いてキサ村にも料理屋や散髪屋を始める許可を出した。店舗数は需要を見て調整するが、他の業種も増えれば商店街となってもおかしくない盛況ぶりである。


 ただ、今のところ居酒屋の類は一切許可していない。それは料理屋での酒の提供に端を発していた。


 酔っぱらいというのは著しく分別を低下させる。その酔い客が、あろうことかリリーに狼藉(ろうぜき)を働いたのだ。しかも無断で俺の領地に侵入したというオマケ付き。


 骨折こそしなかったものの、お陰でリリーは右肩と右腕に打撲を負ってしまったのである。


 当然俺は怒り心頭で、ソイツの右腕をへし折ってやった。酒に酔って判断力が低下していたなどという言い訳は俺には通用しない。


 本当なら斬首でもいいと思ったが、ひとまず皇国に身柄を引き渡して終わり。教会のシスターに乱暴したのだから、かなり厳しい処分が下されると思う。


 あ、リリーの名誉のために言っておくが、乱暴と言っても婦女暴行というのとは違い、本当に暴力を振るわれたということだ。彼女の貞操は一切脅かされてはいない。


 ともあれそんなことがあった関係で、料理屋での酒類の提供は一人三杯までとの制限をつけた。もしこれを破った場合は、即座に営業許可を取り消すことにしたのである。


「おにいちゃん」

「どうしたキャロル。今日も可愛いな」

「えへへ。おにいちゃんもカッコいいですよ」


 キャロルとのイチャつきに遠慮は無用だ。屋敷の使用人たちはいつも生暖かい目で見守ってくれている。もっとも今は執務室に二人きりで、書類の山と格闘している最中だった。


「移住希望者も増えてきましたね」


「そうだな。レイタビーク線があるから、皇都に仕事を持つ者も通勤には困らないだろうし」

「別宅を建てて、温泉を引きたいという貴族もいらっしゃるんでしたっけ」


「十年単位の契約で権利料が年金貨十枚、それを十年分一括と、契約金として別に金貨十枚が必要と吹っかけたんだが……」


「五十年分を支払ってこられたんですよね」

「何者なんだ、一体……」


「えっと、あ、これですね。ドベール・サマリエ・ジルドルク……伯爵様のようです」


 キャロルが手渡してくれた契約書を見ると、本邸は皇国北方の領地にあるようだ。


 まあこれだけの大口契約だから、コルタ村やキサ村とは距離を置いたが、街道に面したおよそ四百平米、百三十坪あまりの土地を貸すことにした。


 温泉を引くための工事も自腹だと言ったのだが、それすらも当然のように了承されてしまったのだ。このくらいの便宜は図ってもいいだろう。


 さすがに土地を売ってほしいとの申し出は断ったけどな。治外法権的な部分があると、後々面倒なことになりそうだったからだ。あくまで土地の所有者は俺、という形を残しておきたかったんだよ。


 なお、ジルドルク伯爵は皇都への往復は自前の馬車を使うとのこと。そのため通行料を支払うと言われたが、さすがに地域住民から取るわけにはいかないと応えると意外な顔をされた。


 俺を金の亡者かなにかと勘違いしてるんじゃないか。


「ところでおにいちゃん」

「うん?」


「私もなにかお店をやりたいです」

「お店? どんな?」


「んー、お花屋さんとか、可愛い小物屋さんとか?」


 小さな女の子が憧れる系だよな。

 つまりそれだけキャロルが純粋だということだ。夜はけっこう積極的だが、それはそれ、これはこれである。


 ま、これだけしょっちゅう出店申請やらを見せられていれば、自分でも店をやりたくなるのは当然だろう。だが、彼女は金を儲けたいわけではない。


 本当に店を出したいだけなのだ。利益など考えてもいないはずである。


 だからそれに応えて好きな店にさせてもいいのだが、ほとんど客が来ないと落ち込む未来が容易に想像出来てしまう。


 寂しい思いはさせたくないからな。やはり実益は大事だ。


「お花屋さんは難しいかもな」

「どうしてですか?」


「その辺にいくらでも生えてるだろ? それに村人たちに花を買う余裕がある者は少ないと思うし、温泉を訪れた客にも売れにくいんじゃないか?」

「だったら小物屋さんですかね?」


「よし、キャロル。店をやるのは構わないから、どうせなら皆の役に立つ物も併せて売ろう」

「役に立つ物、ですか?」


「可愛い小物は、遠方から来た温泉客になら記念品として売れる可能性は十分にある。それと住民のための食器なんかも置いたらどうだろうと思うんだけど」


「分かりました! 可愛い食器ですね!」


「あはは。試しにいくつかデザインしてごらん。教会をモチーフにしたペンダントなんかもいいかも」

「わっ! それ、私も欲しいです!」


「キャロルには俺が特別製を作ってプレゼントするよ。少しだけ時間をくれ」

「本当ですか!? おにいちゃん、大好きです!」


 柔らかくていい匂いの生き物が抱きついてきたので、その後二時間ほど執務室の扉には鍵がかけられたのであった。


「あぁん!」


全世界共通ではなく、万世界共通としたのはわざとです。

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