第五話 貴族会と侯爵惨殺
「おにいちゃん、私の出番が全然ないんですけど!」
「んあ? キャロル、なにを言って……」
腰に手を当てて怒り眉のキャロルに言われた気がしたが、どうやら屋敷の執務室で居眠りしてしまっていたようだ。
「お客さんみたいですよ」
「客? 誰?」
「なんだか貴族っぽい人です」
「ラミア様か?」
「ラミア様なら私も知ってるじゃないですか。お客さんは男性です」
「誰だろう……分かった。通すように言って」
「はい」
キャロルが来客を伝えに来たということは、ハワードが相手をしているということだろう。聖教皇国の貴族に知り合いがいないわけではないが、ぱっと見で名前が思い出せるほどの付き合いはなかった。
それに彼らは、とっくに俺が送還されたと思っているはずである。
「失礼致します。旦那様、ルーベンス様をお連れ致しました」
「お通しして」
「ルーベンス閣下、どうぞ」
ハワード本人が開けた扉から入ってきたのは、身なりの整った清潔感溢れる紳士だった。
閣下、ということはやはり貴族か。
「お初にお目にかかります。私はルーベンス子爵家当主、アロンド・コルテス・ルーベンスと申します」
「初めまして。キサラギ領領主のハルト・キサラギです」
子爵というわりには腰が低い人だな。しかし先触れなしに貴族家当主が赴いてくるとは、用件によっては軽く見られるぞ。
「どうぞ、お掛け下さい」
「失礼致します」
「それで、ルーベンス閣下はどのようなご用件で?」
「その前に、突然押しかけたことをお詫び致します」
「ああ、いえ」
「実は私はレイタビークの貴族会の顧問を任されておりまして」
「はあ……」
「この度オープンされる温泉施設、ニュー・キサラギを貸し切り利用させて頂きたいとの声が、貴族会で上がったのです」
「申し訳ありませんが、ニュー・キサラギの経営はキラカラン商会が取り仕切っております。ですからそういったお話でしたら、まずは商会の方へ……」
「その商会のラミア会頭殿より、ご領主様に相談するように言われたのです」
「そうでしたか」
それなら先触れがなかったことも頷ける。ラミア嬢から取り次ぎがないのは疑問だが。
「大変恐縮なお話で、私自身は非常に心苦しいと申しますか……ラミア会頭殿からは取り次ぎを拒まれてしまいました」
「どういうことですか?」
「はい。それが……」
ルーベンス子爵曰く、貸し切りは十日間。代金は貴族会が利用した施設という名誉とのこと。
はあ?
しかも接待のために、教会のシスターたちを含む若い女性を多数配置しろだとさ。治療院のお陰で、あの三人が美人であることは皇都にも知れ渡っているからな。
だがもう一度、はあ?
さらに夜は俺の屋敷を解放し、存分に酒と食事を用意しろとまで言ってきたのである。
舐めてんのか、ゴルァ!
ラミア嬢もラミア嬢だ。こんなアフォなヤツを寄越すなよ。
「も、もちろん私はそんなこと無理だと申し上げたのですが……」
「貴族会とやらに聞き入れてもらえなかったと?」
「お恥ずかしい限りです」
なるほど。顧問とは名ばかりの、体のいい使いっ走りをさせられているというわけか。相手は侯爵やら伯爵やらのため、下級貴族の彼は断れなかったとのことだ。
しかしなんと横暴な要求を突きつけてくるのか。上があのろくでもない聖帝だから、下の貴族もクソ揃いってか。オルパニーの領主はまともだったんだけどな。
「常識的に却下ですね」
「そこをなんとか……」
「いやいや、まず考えてみて下さい。シスターを接待に出せと言われましたが、彼女たちは聖職者ですよ。しかもこの国の国教でもあるルーミリン聖教の主神の妻だ。それは分かってますか?」
「はい……」
「それでも断れないと?」
「申し訳ありません……」
「分かりました。ではこうしましょう」
「お、おお! では……!」
「聖教には教会の司祭を通じて教皇猊下に許可を求めます。それと聖帝陛下にもご報告申し上げます。その上で今回の要求を呑めとのことでしたら、改めて考えることと致します」
「なっ、お、お待ち下さい! 一体なにを言って……」
「ルーベンス閣下、私の名前に聞き覚えは?」
「キサラギ……ハルト・キサラギ……まさか!?」
「私は数年前に勇者一行として召喚された元賢者です。この国の貴族である閣下なら、名前くらいは聞いたことがあると思うんですがね」
「ですが勇者様ご一行は役目を終えて送還されたはずでは……」
「戻って貴族会からでも聖帝陛下に確認してみるといい。そうすれば私がホンモノであることが分かるでしょう」
「そんな……!」
「閣下はまともな考えの持ち主だと思いますからこのまま無事に帰って頂きますが、次もバカなことを言ってきたら、その時はレベル999の元賢者が貴族会を潰しに行くと、肝に銘じておいて下さい。
もちろんお分かりだとは思いますが、潰すとは一族郎党皆殺しという意味です」
貴族というのは何よりもメンツに拘る。だから俺が正体を明かしても、他人に漏らすことはないだろう。
ま、漏らされても困ることはないんだけどな。
「言っておきますけど、俺は勝手に召喚したこの国を根本的に恨んでいます。だから俺の大切な人たちは別として、この国などどうなっても構わないと思っている。貴族? クソ食らえだ!」
「……!」
「思い出したらだんだん腹が立ってきました。貴族会で一番偉いのは誰です?」
「ふ、フルハルト侯爵閣下です」
「フルハルト……覚えがありませんけど、見せしめにソイツを殺せば皆さん大人しくなりますかね?」
「ひぃっ!」
俺の怒気に気圧されたルーベンス子爵は、真っ青になって逃げるように去っていった。そしてその数日後、フルハルト侯爵が皇都の自宅で、首と四肢を切り離された惨殺体で発見されたのである。
貴族会の者たちは、子爵の報告から犯人が俺であると断定してはいたが、それを口にする者は誰一人としていなかった。
あ、ちなみに犯人は俺じゃないぞ。彼を殺しても疑われるのは俺だと踏んだ、ルーベンス子爵の仕業である。詳しいことは知らないが、侯爵は彼から相当な恨みを買っていたようだ。
それが分かったのは、当の子爵が俺のところに来て白状したからである。最初は知らぬ存ぜぬを貫こうとしたが、濡れ衣を着せるような形になったのが俺にバレた時の報復を恐れたそうだ。
報復するなら自分一人だけにして、一族は見逃してほしいと懇願してきたのである。
だから子爵を突き出すなんて野暮なことはしなかった。実際俺が疑われて取り調べを受けたわけでもなく、そもそも彼がやったという物的証拠もないからな。もちろん報復もなしだ。
お陰で貴族会からのくだらない要求も取り下げられたわけだし。
そしてそれから間もなく、温泉施設ニュー・キサラギの営業が始まるのだった。
次回更新は週末になるかも知れません。
遅くなったらごめんなさい(>o<)




