第三話 伯爵領と馬そり
皇都レイタビークとコルタ教会を結ぶ駅馬車、レイタビーク線が営業を開始した。そして日を追う毎に、治療院を目的とした乗客は少しずつ増えている。
そんな折、数日前から降り始めた雪が積もり、すでに積雪は五十センチほどに達していた。教会の子供たちは例年にない雪の量に大喜びで遊び回っているが、皇都や市場のあるオルパニーへの往復は困難を極めている。
これが駅馬車の利用者を飛躍的に増やす結果に繋がった。加えて村民たちから、オルパニー線の早期営業開始を渇望されたのである。
「オルパニーの領主が話の分かる人でしてね。雪があっても客を運んできてくれるなら大歓迎だと、駅馬車の通行料を運賃の二割にしてくれたんですよ」
俺はそう言ってラミア嬢にオルパニー領の領主、ジョージ・カルロス・オルパニー伯爵から預かってきた契約書を手渡した。
再びのキラカラン男爵邸の応接室。もちろん今回はちゃんと正装を着込んでいる。男爵は不在だったけどな。
ところでオルパニーが伯爵領だと知ったのは、ほんの数日前のことだ。オルパニー線のことで町長にでも話ができたらと思って訪ねたところ、たまたま積雪による市場の状況確認をしていた伯爵と出会ったのである。
彼は以前、俺が個人でダブルヘッドボアを大量に買い込んだのを聞き、肉屋の女将さんに会ってみたいなどと言っていたらしい。
社交辞令のようなものだとは思うのだが、それを女将さんが覚えていて、たまたま俺が通りかかったものだから伯爵に引き合わせてくれたというわけだ。
「ずっと二割でいいそうです」
「ずい分とお安くして下さいますのね」
「その代わり見回りは期待しないでほしいと言われました」
「なるほど、そういうことでしたの」
直轄領を含めた貴族領の通行料が高いのは、実は領内の安全をある程度保証するという意味も含んでいる。護衛をつけてくれるような所はそうそうないが、治安維持のために定期的に見回りを行っているのだ。
それで百パーセント安全とは言い切れないものの、少なくとも野盗などに襲われれば犯人捕縛や、人質を取られていれば救出に尽力してくれる。
また、身代金の要求があった場合、むざむざ支払うことはなくても見せ金なら用意してもらえることが多い。
もっとも皇都からオルパニーまでは俺の索敵スキルの範囲内だから、駅馬車を襲うような不埒者は取っ捕まえて懸賞金の肥やしにしてやるつもりだけどな。
懸賞金が掛かってない野盗でも、奴隷に落として鉱山などの危険地帯で労働力として使えるので売れる。こっちの世界では犯した罪の重さに関係なく、犯罪者には厳しいのだ。およそ更生など期待されることもない。
むろん索敵スキルのことは、ラミア嬢には内緒である。
「この雪ですと馬車より馬そりの方がいいかも知れませんね」
「そうですわね。商会の方で職人に作らせましょう」
「運賃はどうされます? 普段と違って通行が困難な雪道ですし、馬そりも新調するなら多少割り増しにしてもいいかと思いますよ」
「あまり利用者の負担は増やしたくはありませんが、雪中料金として二割ほど上げさせて頂こうかしら」
「良心的ですね。その程度の値上げなら納得してもらえるでしょう」
五割増しくらいでもいいと思ったが、高くして需要が減るより運行回数を増やせる方がいいのは事実だ。馬は遊ばせておいても食わせなければならないので、経費はそれほど変わらないからである。
それから十日ほどが過ぎ、キラカラン商会コルタ支部がオルパニー線と共に営業を開始した。
支部の建物はコルタ村のすぐ近く、俺の所有地内にある。御者や職員が寝泊まり出来る簡易当直室も完備されていて、しばらくはラミア嬢もそこに常駐するらしい。
一方馬そりは十人乗りが四台用意され、料金は通常時が一人片道銀貨一枚としたので、積雪期は二割増しのプラス小銀貨二枚となる。子供料金や往復割引はない。
これをコルタ村やキサ村の村民たちに告知すると、少なくともその四台が数日間、最低二往復しなければ捌ききれないほどの利用希望者が名乗りを上げた。
とは言えこれでもまだまだ赤字のはずである。もっともキサ村の人口は増え続けているので、黒字に転換するのもそう遠くはないだろう。
「子供たちの何人かが馬そりに乗りたいと言っているのですが、今はまだ無理ですよね」
いつも通り教会で遅い朝食を摂っていると、オリビアがそんなことを言い出した。子供にとって乗り物はロマンだからな。俺もガキの頃はよく親父に連れられて電車を見に行ったもんだ。
マナーの悪い撮り鉄もいたが、中には俺を入れた写真を撮って送ってきてくれた親切な人もいた。今では懐かしい思い出だ。そしてもう、あの写真を見ることは叶わない。
「営業終了後の少しの時間なら構わないんじゃないかな。無料ってわけにはいかないだろうけど」
「もちろんです! お金ならちゃんとお支払いします!」
「分かった。ラミア嬢に聞いてみないと何とも言えないけど、近くを軽く往復するくらいでよければ聞いといてやるさ」
「ぜひお願いします!」
ということで早速コルタ支部を訪れると、子供たちのためならばと快諾してくれた。
「御者の教育を兼ねてよろしければ、お代は結構ですわよ」
「いえ、講師を務められる方の給金も必要でしょうから、そこはきちんとしましょう」
「分かりました。コースはキサラギ様の所有地内を往復、ということでよろしいのですわね?」
「ええ。端まで行かなくても、三十分も乗れば満足するでしょうから、そのくらいで」
「でしたら皆さんで銀貨五枚ではいかがでしょう」
「そんなに安くていいんですか?」
「子供たちが喜ぶ顔が見られるなら」
「ありがとうございます」
今やレイタビーク線も、積雪のお陰で一日三往復まで増便されている。そしてコルタ村では、それらの客を見込んだ料理屋も営業を始めた。
これから本格的な冬になれば移住者は伸び悩むだろうが、その間にやれることはいくらでもある。俺は確かな手応えを、所有地一帯に感じるのだった。




