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第一話 入籍と温泉

 完成した。何がって温泉施設だよ、温泉施設。


 もっとも施設と言っても平屋建てで小屋に毛が生えた程度の大きさだけどな。これがルドルフに依頼していた小さい方の仕事ってことだ。


 浴槽はヒノキっぽい香りがする木で造られており、男女の区別はない。つまり一つだけしかないのだが、俺とキャロルの二人専用だから問題もない。周囲を領地と同じ高さ三メートルの壁でしっかりと囲んだから、外から覗くのも不可能だ。


 ただし、屋根は開閉式のため露天風呂も楽しめる贅沢仕様である。

 こんな素晴らしい風呂を、その他大勢に使わるわけがないだろう。


 皆が使える方は大きい方の仕事として頼んであるし、出来るのはまだ先だがそっちは有料の温泉施設にするつもりだ。料金は低く抑えるから、言ってみれば銭湯ってとこだな。


 実は手に入れた土地を鑑定スキルで調査した時に、屋敷から五十メートルほどのところで温泉を発見してしまったのだ。しかも温泉旅館が二十軒あったとしても、二千年は枯れることのない湯量である。


 悔しかったったらなかったよ。屋敷を建てる前に発見していたら、絶対にそこから屋敷の部屋に引き込んだ。なんでもっと早く鑑定を思いつかなかったんだろう。一生の不覚である。


 ま、しかし温泉文化がこっちの世界でも流行るようなら、温泉宿を経営するのもアリだよな。当たれば観光名物として、多くの観光客を呼び込むことが出来る。


 そしてラミア嬢次第ではあるが、そっちも箱だけ用意して経営を丸投げしてしまえばいい。


 とにかく、これが完成したお陰で冬の楽しみが増えたというわけだ。


「なんだか独特の匂いがしますね」

「それが温泉の特徴だから慣れるしかないさ」


 早速キャロルを文字通りの一番風呂に誘い、二人でのんびりと湯に浸かっている。洗いっこ? したに決まってるじゃないか。


「この温泉は肩こり、腰痛、筋肉痛に効果があるんだ。冷え症にもいいみたいだよ」


「冷え症に効果……ない方がいいです」

「へ?」


「だっておにいちゃんに暖めて頂けなくなりますから」

「あは、あはははは……」


「おにいちゃん……」

「キャロル……」

「あんっ!」


 ちくしょう。洗いっこの時は何とかガマンしたが、俺もキャロルも若いんだよ。二人で裸なら致さない方がおかしいんだって。


 ちょっと夢中になりすぎてのぼせそうになり、足許をふらつかせながら屋敷に戻ったのは内緒だ。


 ともあれ源泉掛け流し状態で体感は四十度ほど。夏は長湯は無理だが、冬場はゆっくり入って暖まれると思う。


 そうそう、この建物が出来る少し前に、俺とキャロルは正式に夫婦となった。目の前に教会があるからな。


 互いに身寄りはないし何かを待つ必要もなかったから、急に思い立っても何の問題もなかったってわけだ。


 いや、本当にこのままだとすぐに子供が出来そうだったからさ。日本では授かり婚とかいって祝福する傾向もあったけど、要は我慢出来なかったってのが大半だろ。

 あるいは単なる遊びのつもりだったのに意図せず出来ちゃったとか。そんなんだと子供が可哀想だ。


 いや、それをとやかく言いたいんじゃなくて、まさに今の俺とキャロルがそんな感じなんだよ。もちろん遊びの方ではなく我慢出来ないって方な。


 ただこっちの世界では、デキ婚は後ろ指をさされて白い目で見られてしまうんだ。だから妊娠してない、あるいは妊娠してても発覚していない今のうちに籍を入れようってことになったのさ。


 キャロルはすっげー喜んでたよ。ま、俺もこっちで出来た本物の家族だ。ずっと大切にしていきたいと思う。


 それはいいとして、ガンガン金を使っているのに一向に減る気配がない。日本の銀行と違って協会は預かった金を運用したりはしないから、利息がつくわけでもないんだ。本当に預かるだけ。


 例えば他国や離れた街なんかにある協会で開いた口座と連携させるとかのサービスには、それ相応の手数料がかかる。支払いなどのための口座間の金の移動も然りだ。


 それでもほとんど減っていないのは、キャロルやシスターたちのレベルアップのために狩った魔物の素材を都度売っていたからである。


 早くレベルアップさせるには高位の魔物を狩るのが一番で、その魔物素材が高値で売れたというわけだ。


 シスターたちもキャロル同様、高位の魔物なんて倒せないので、パーティー組んで俺が倒して回った。だから素材もそれで得た金も、全部俺に譲ってくれたってことだ。


 もっとも彼女たちは質素な暮らしに慣れているので、元々金にはあまり執着がなかった。せいぜいリリーが時々肉を食べたいと騒ぐ程度である。


 それに今では礼拝の時に歌われる、カラオケを使ったシスターたちによる聖教歌が評判となり、治療院と共にコルタ教会の名物になっているからな。お陰で寄付金も以前とは比べものにならないくらいに集まっているらしい。


「あ、ハルト(にい)!」

「よ、ビル。どうした?」


 彼は教会で暮らしている男の子で、キャロルより一つ年下の十四歳だ。しかし間もなく誕生日を迎えるはずなので、そうなれば成人である。


「キャロル(ねえ)、結婚おめでとう!」

「ありがとう、ビルくん。だけどお祝いならもう言ってもらってるよ」

「そうなんだけどさ」


「なんだ、話でもあるのか?」

「うん。実は二人にお願いがあって」


「出来ることなら聞いてやるぞ」

「私もだよ」


「あのさ、俺をお屋敷で雇ってもらえないかな」

「そっか、もうすぐ成人だもんね」


 キャロルがなるほど、という表情で頷いた。


「うん。一生懸命働くからさ。ダメかな」

「ダメだな」


「え?」

「おにいちゃん?」


 出来ることなら聞いてやると言ったそばから不採用を口にした俺に、二人は信じられないという目を向けてくるのだった。

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