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第七話 宿と共同住宅

「条件をお伝えする前に、この先の展望についてお話ししましょう」


 そこで俺は以前から考えていた宿の件を切り出した。


「遠方から礼拝や治療院に来た人の帰りが夜になってしまわないように、安心して朝まで過ごせる宿を建てようと思っているんです」

「それと駅馬車の通行料になんの関係がありますの?」


「この宿の経営を全てキラカラン商会にお任せしたい。これが条件です」

「えっ!?」


「建物はこちらで用意します。建築費もいりません。ただしそちらの取り分は収益の二割となります」


 建物の維持管理はもちろん、人材の募集から育成、必要な物資の調達まで丸っと投げてしまおうというのが俺の計画だ。そしてそれにかかる経費も商会持ち。


 従業員の給料などは収益には含まれないので、早く宿を開業すればそれだけ商会が利益を上げられるというわけである。


「利用者がいなければ利益もなにもないんですけどね」

「その募集も含めて商会の手腕にかかっている、と仰るのですわね」


「ここは今のところ観光地でもなんでもありませんが、それなりの需要はあると思います。そしてそれよりも……」

「他にも何かあるのですね?」


「近くの村に移住者が増えていることはご存じですか?」

「話にはきいたことがありますわ」


「この辺りに住めば皇都からの駅馬車は利用せずに済みます」

「そうですわね……」


「ただ、彼らも生活していかなければなりません。そして畑などを作っても必要な物は買いに出なければならない」

「オルパニー線!!」


「そうです。周囲にこれといった商店はありませんからね。以前は礼拝にくる人を当て込んだ露店がいくつもありましたが、私が土地の使用料を求めるようになってから数は激減。今ではほとんど見られなくなりました」


 これでは一見、付近の村人が不便になったように見えるかも知れない。しかし露店の売価は市場と比べてかなり高かったのである。


 だから遠方から来た者は仕方なく利用していたが、物珍しさが手伝った最初の頃以外、村人はほとんど利用しなくなっていたのだ。


「オルパニーとの往復はかなりの需要が見込めると思いますよ。今でも村人たちは苦労しているようですから」

「確かに、仰る通りですわね!」


「あとは市場に行けても、自分で荷物を運ぶ力がない高齢者向けに買い物代行などを始めれば、村の助けになりますし儲けも出るでしょう」

「商売が人助けになるなんてなんと理想的な。素晴らしいですわ!」


「長期的に見れば住人が増えることによる市場との往復が、駅馬車として大きな利益にも繋がると思いますしね」

「レイタビーク線とオルパニー線でそれなりの利益は見込めておりましたが、まさかこんなお話を頂くなんて思ってもみませんでした」


「では宿の件はお任せしても?」

「ええ! その方向で進めましょう!」


 宿は二人用の四畳半部屋が二十室、四人用の八畳部屋が四室、それから六人用の十畳部屋が二室と決まった。この他に従業員が寝泊まり出来る三畳部屋を四つ用意し、大浴場も完備する。


 そんなに大量のお湯を調達出来るのかって?

 ちゃんと考えてあるのだよ。


 また、食堂と厨房も造ることになり、結局フルサービスを提供出来る宿にすることになってしまった。もちろん素泊まりも可能だ。


 どうやらラミア嬢は、この宿経営でも一山当てようと考えているらしい。治療院を訪れた患者の安全確保が第一の目的だったのだが、経営を丸投げするのだからやりたいようにやらせるしかないだろう。


 ただ、治療院で祈りを受けた者は宿泊費を半額にする合意は取れた。オプションの入浴や食事などは正規料金だが、俺が当初から考えていた格安素泊まりプランは確保されたというわけだ。


 キラカラン商会の二人が帰った後、俺はキャロルを伴ってルドルフの事務所へと向かった。屋敷や壁と教会を結ぶ通路に大満足させられたからな。

 宿の設計と建築を任せられるのは彼しかいないだろう。


「ルドルフ、久しぶりだな」

「キサラギ様、いらっしゃいませ」


 やはり今回もアポなしで来たにも拘わらず、すぐに俺たちは応接室に通された。そして今回も少しも待たされることなく、ルドルフ自身が応対してくれたのである。


「先日頼んだ件はどうなってる?」

「職人の確保も済みましたので、来週から作業に入ることになってます」


 実は彼には大小それぞれの、ある仕事を依頼してあったのだ。


「そうか。出来れば小さい方は本格的に寒くなる前に使いたいんだけどね」

「そちらは着工すれば一週間もかかりませんよ」

「それはよかった。大きい方は急いでないから」


「承知しました。その確認のためにわざわざ来られたのですか?」


「いや、前に話した宿の設計と建築を頼みたくてね」

「ではついに始められるのですね!」

「資材や職人たちは手配出来るかな?」


「お任せ下さい! キサラギ様の仕事は何よりも優先させて頂きます」


 こうは言っているが、実は報酬の折り合いがつかないため、多く仕事を抱えているわけではないと自嘲気味に笑っていた。


 一流の仕事には一流の報酬を支払うべきだ。それが分からない連中は二流、三流で満足していればいい。


 それから少しの雑談の後、宿の詳細について話を詰めていく。


「一応今回は屋敷より規模が大きいので、予算は金貨二万枚だが、足りなければ言ってくれ」

「そうですね……これですと三階建てになりますが、一万枚で何とかなりそうです」


「無理はしなくていいからな。それと二階建てで十室の共同住宅を十棟ほど建ててほしい。間取りは一律に四畳半と六畳、浴室は不要だがキッチンとトイレはつけてくれ」


「共同住宅ですか?」

「おにいちゃん?」


「あはは。キャロルにもまだ話してなかったよね」

「もう! びっくりですよ」


「そこには移住希望者がすぐに住めるようにしたいんだ」

「なるほど」


「それとは別に十坪程度の管理人室も頼む。こっちもキッチンとトイレは完備だ」

「管理人室?」


「百世帯もの住人がいれば面倒事も出てくるだろ。それを処理させるために管理人を雇うんだよ」

「そういうことですか。分かりました」


「そっちは予算の見当がつかないし急がないから、まずは見積もりを見たい。発注することにはなるだろうが、いつになるかはまだ分からないからね。依頼料は払うよ」


「いえ、キサラギ様から依頼料は頂きません。これまでと同じで見積もりに必要経費を記載しておきますので、そちらだけお願い致します」

「毎度済まないな」


「あの金額を分割ではなく一括でお支払い頂いたので、正直かなり儲けさせて頂きましたから」


 分割にすれば手数料が発生する。それも元の額が金貨数千枚ならバカにならないほどにだ。


 もちろんその場合は利用者が手数料を負担することにはなるが、一括で支払われたなら大金にモノをいわせて、仕入れた資材費などを値切ることも可能になるのである。


 それが彼の儲けに丸々上乗せというわけだ。


 さて、これで教会の治療院を軸にした、周辺地域の発展と安全確保もかなり進んだと思う。今後は本格的な冬の寒さが訪れるわけだが、あれが完成すれば楽しみも倍増というわけだ。


 そしてルドルフの事務所を後にした俺たちは、皇都の料理屋で少し早めの夕食を食べてから屋敷にもどることにしたのだった。

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