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第六話 召喚の間と運賃

「よ! 聖帝陛下、久しぶりですね」

「なっ! ハルト・キサラギ!?」


「ん? ローガン宰相(さいしょう)殿はなんで神官の格好なんて……」


 俺はキラカラン男爵家について確認するために、適任者である聖帝ヨセフ・マテオ・クラークの許を訪れたのだ。もちろん転移魔法で、突然のアポなし訪問である。


 ところがローガンを見た瞬間に、フラッシュバックのようにある記憶が頭に浮かんでいた。


「おい、聖帝陛下さんよぉ!」

「なんじゃ!」


「性懲りもなくまた召喚の儀をやろうとしてるんじゃないだろうな!?」


「し、仕方なかろう。勇者共が帰ってこんのだ!」

「勇者が帰らない?」


 そう言えばこの二年あまりの間、ミオの姿を見てなかったな。


「言っただろ! 魔王は人類の敵ではないと!」

「しかし……」


「大方アイツらも魔王に会って、そのまま向こうで歓迎されてるんだろうさ」

「そんなこと分からんではないか!」


「はあぁぁ……分かった。ひとまずここは潰す」

「ま、待て……」


 聖帝と宰相が慌てて俺を止めようとしたが、時すでに遅し。床や天井、壁面に至るまで、細かく刻まれた魔方陣の類は俺の魔法で粉々に砕かれていたのである。


 天井が落ちたり部屋が潰れたりしなかったのは、砕いたのが魔方陣のみだったからだ。そして再現不能にするために、この部屋全体を物理結界で覆って永久固定してやった。


 これで俺が死んだ後も、再びここに召喚の間を造ることは不可能となったはずだ。もしかしたら遠い未来には遺跡として発掘されるかもな。


「なんてことを……」


「巻き込まれるこっちの身にもなってみやがれ! 城ごと壊されなかっただけマシだと思うんだな!」


「何をしに来た!? まさかこれをしに来たというわけではないだろうな!」

「ああ。こっちはついでだ」


「ついで……ついでで召喚の間が壊されてしまったというのか……」

「聖帝陛下のオッサン、キラカランって知ってるか?」


「オッサン……メイテノ帝国から親善大使としてやってきた男爵のことか?」

「親善大使か」


 メイテノ帝国は西側にある大国で、俺が以前いたフォルテネシア王国はその先に位置する。皇帝の名はトルキネス・サミュエル・メイテノ、話の分かるいい爺さんだったな。この国の聖帝とは大違いだ。


「キラカラン男爵がどうかしたのか?」


「いや、ちょっと商売の話をもちかけられていてね。娘さんの方からなんだけど」

「商売?」


「国に迷惑をかけるようなことじゃない。それより今思いついたんだけど頼みがある」

「ここをこんなにしておいて頼みだと!?」


「宰相殿、俺の怒りはこの国を滅ぼしても収まらないほどなんだが?」


「ぐっ……」

「して、頼みとはなんだ?」


 切り替えが早いのは聖帝陛下のいいところだよ。


「実は近いうちに聖教がうちのシスターにちょっかいを出してくると思うんだ」

「それで?」


「あっちはクレメンス教皇の名を出してくるだろうから、その時は聖帝陛下の名を借りたいんだ」

「断る、と言ったら?」


「構わないよ。そしたら聖教をぶっ潰すだけだ。ついでにこの城も」

「またついで……」


「いい加減、俺の要求には逆らえないって学んだら? ちなみに今の俺のレベルは300を超えてるからさ。賢者だった時には及ばないけど、国を滅ぼすくらい造作もないことだぜ。でもって刺客なんて送ってきたら、分かってるよな?」

「こ、心得た……」


「無理な要求はしないつもりだし、これからもお互いいい関係でいよう。それじゃさっきの件、よろしく!」


 去り際に見た彼らの顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいたが、俺や他の仲間、それにミオたちにしたことも考えれば、これくらいどうってことはないはずだ。


 それにしても勇者パーティーはどこぞに出かけたままなのか。ま、あれから二年以上経っているからな。おそらく魔王の国辺りで楽しくやっていると思う。


 キラカラン男爵家についても分かったことだし、親善大使なら信用も問題ない。早速戻って生活協会に返事を出しておくとしよう。



◆◇◆◇



「キサラギ様は爵位をお持ちなのですか?」

「いえ、ありませんよ。何故です?」


 生活協会に返事を届けた翌日、候補日として最初に挙げた日にラミア嬢は前回会った時と同じ護衛を伴って俺の屋敷に来ていた。


「お屋敷があまりにも立派なものでしたし、領地もお持ちとのことでしたので、無礼があってはならないと思いお聞きした次第です」


「あはは。大丈夫ですよ。それより紹介しますね。こちらは婚約者のキャロルです」


「初めまして、ラミア様。キャロルと申します」

「初めまして。とても可愛らしいお方ですのね」

「ありがとうございます」


 テーブルを挟んで上座に当たる奥にラミア嬢。その後ろには護衛の男性が立っている。

 彼の名はスティール。メイテノ帝国の騎士で、キラカラン家に雇われているとのことだった。


「それでは早速ですが、駅馬車の件を詳しくお話し願えますでしょうか」

「はい」


 彼女によるとこうだ。


 駅馬車は皇都レイタビークとコルタ教会を往復し、途中に村などがあれば停留所を設けるとのこと。


 また、それとは別に可能ならコルタ教会から、市場のあるオルパニーへも駅馬車を走らせたいという。彼女の目的は、その際の通行料についての交渉である。


「この経路の大部分がキサラギ様の所有地を通ることになりますわね」

「そうですね」


「道も整備なさったそうで相当のお金を使われたのではないかと思うのですが……」


「ま、それなりに。ですからこればかりは教会への寄付だけでいいですよ、とはいきません」

「もちろん存じております。ですが運賃をあまり高くしても利用して頂けないでしょうし……」


「そうですね。そこでここからは生活協会を通さない前提で話を進めたいのですが」

「はい?」


「条件をのんで頂けるなら、馬車の通行料は運賃の一割で手を打ちましょう」

「い、一割で!?」


 通行料が運賃の一割というのは実は破格なのである。通常は駅馬車や辻馬車を運行する場合、皇国の直轄地であろうと貴族の領地であろうと運賃の半額が相場だ。


 それが俺の所有地を通る場合に限っては、一割となるのだから彼女が驚いたのも無理はなかった。


 つまり俺の所有地との境に停留所を設け、そこからの運賃を高く設定すればキラカラン商会の実入りが大きくなるというわけだ。もちろん停留所は名目だけで、実際に乗客を乗降させる必要はない。


 御者(ぎょしゃ)の交代所なり馬の休憩所なり、名目は何とでもなる。土地の使用料さえ払ってもらえれば、それこそ本当に御者が寝泊まり出来る宿泊施設を建ててもらっても構わないのだ。


 運賃の内訳を皇国に届け出るだけだし、客には通しの運賃を請求すればいい。詐欺のように見えるが、通行料が土地の持ち主の意向一つで決まるため違法でもなんでもないのである。


 俺の領地外は半分持っていかれるのだから、それこそタダ同然にしていまってもいいだろう。そんなこと俺に言われなくても、商会を名乗っているなら気づくはずだ。


「その条件とはなんです!?」

 だから彼女は身を乗り出して食いついてきた。


「それはですね……」

 そして俺は、ある計画を彼女に持ちかけるのだった。

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