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第五話 キラカラン商会と適任者

「キサラギさん、お待ちしておりました。お越し頂きありがとうございます」


 生活協会のグレイソンは一応立ち上がってそう言ったが、ありがとうなんて微塵も思っていないことだろう。実はこの時間に来てほしいと、生活協会から呼び出されていたのだ。


 冒険者協会でのガルムの一件から三カ月が過ぎ、近頃は午後に開く治療院を目的にコルタ教会を訪れる者が増えてきていた。冬が近づき気温がぐっと下がったせいで、風邪をひく者が増えたからである。


 加えて所有地内の道が整備されて歩きやすくなったのも大きいと思う。中には辻馬車、現代のタクシーのようなものだが、それを利用してやってくる人もいるくらいだ。


 ところで三人のシスターだが、そこそこ治癒魔法が使えるようになっていた。

 中でも一番はあのリリーで、イメージのやり方を軽く教えただけですんなりと飲み込んでしまったのである。


「肉を食いたいと思った時、何を想像する?」

「焼けたお肉の焦げ目と香ばしい匂い……あ! 意味が分かりました!」


 おそらく欲望に忠実だったのが功を奏したのだろう。もはや彼女に治せない怪我はないと言っても過言ではないところまできていた。病気はまだ難しいみたいだけどな。


 しかしそれも時間の問題だろう。


「それで、用件はなんだ?」

「お客様がお待ちですので応接室の方へどうぞ」

「お客様?」


 彼の表情から悪い話ではなさそうだったので、俺は素直に従って応接室に向かった。


「彼女はラミア・キラカラン様。キラカラン商会の会頭です」

「初めまして。ラミア・キラカランと申します」


 グレイソンに紹介されて(にこ)やかに挨拶してきたのは、どう見ても二十代前半としか思えない、赤いロングドレスを着た妙齢の女性だった。どことなく気品が漂っているが、商会の会頭というにはずい分と若い気がする。


 それと彼女の背後に控える男性の視線には油断がないから、おそらく護衛なのだろう。キラカランってのは初めて聞く名だが大きい商会なのだろうか。


「ハルト・キサラギです」


「突然お呼び立てして申し訳ありません」

「俺を呼んだのは貴女でしたか」


「あら、お聞きになっていらっしゃいませんでしたの?」


 グレイソンの奴、また手を抜きやがったな。俺が睨みつけると、彼はお茶を用意すると言ってそそくさと応接室を出ていってしまった。


「それで、ご用件は?」


「実はレイタビークで噂になっている治療院のことを調べさせて頂きました」

「はあ」


「するとすぐにコルタ教会で開かれていると分かりました」

「その通りです」


「コルタ教会はコルタ村の中にあり、村を含む辺り一帯はハルト・キサラギ様の所有地。そして教会を取り囲んでいた皇国の二等管理地も、最近になってキサラギ領と改められたようですわね」


「そこも買い取りましたから」

「ハルト・キサラギ様、実は……」


「フルネームで呼んで頂かなくてもいいですよ」


「こほん。ではキサラギ様、率直にお聞き致します。ここ皇都レイタビークと治療院が開かれるコルタ教会ですが、病人や怪我人には少々距離があると想われませんか?」


 徒歩で一時間程かかるから、健康な俺でもあまり歩きたいとは思わないな。


「しかしそれはどうしようもないでしょう。原則的にシスターが教会を離れるわけにはいきませんから」


 レベルアップのために、幾度となく魔物討伐に連れ出していた俺が言えた義理ではないが。


「はい。そこでキサラギ様にご提案がございますの」

「ほう。聞きましょう」


「皇都とコルタ教会を往復する駅馬車を走らせるのはいかがでしょう?」

「駅馬車?」


「はい。時間を決めて一日に何往復かさせるのです」


 シャトルバスみたいなもんか。


「しかし教会に馬車を買うような金も、馬を飼育する余裕もありませんよ」


「もちろん存じております。ですからその事業をキラカラン商会にお任せ頂けないかと、ご相談しに参ったのです」

「何故それを教会にではなく俺に?」


「礼拝ならいざ知らず、営利目的でキサラギ様の所有地に出入りしようというのですから当然ではありませんこと?」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 そこで俺はあることを思いついた。だがそれはかなり大きな仕事になるし、このまま生活協会の中で話を進めると、何もしないくせにバカ高い手数料だけ取られてしまう。


 他にも、キラカラン商会がどのような商会なのかを知る必要もある。信用出来なければ駅馬車の件は断らなければならない。


「失礼ですが、私はキラカラン商会という名をここで初めて聞きました。主に何を商っている商会なのでしょう?」

「起ち上げたばかりなので、まだこれといった商いはございませんわ」


「お話になりませんね。残念だが信用出来る材料がなければ、取り引きに応じるわけにはいきません」

「ええ。それも存じております。ですがこちらをごらん頂けますでしょうか」


 彼女が背後の男に合図を送ると、彼は俺の目の前に封蝋(ふうろう)で閉じられた封筒を差し出した。ついでに開封用のペーパーナイフも出してくれたから用意がいい。蝋には紋章のような形が押されていたが見覚えはなかった。


 ところが封を開けて書簡箋を見ると、こんなことが書かれていたのである。


『ラミア・キラカランが我がキラカラン男爵家の長女であることをここに証する。


 娘が約したことはキラカラン男爵家が約したと同義。

 娘が負うべき責はキラカラン男爵家の責。

 娘が万が一損害を与えた場合は、キラカラン男爵家が爵位を手放してでも責任を持って賠償する。

 娘が損害を被った場合は、キラカラン男爵家が総力をもって債権を回収する。


 キラカラン男爵家当主クリストフ・ロール・キラカラン』


 ラミアは男爵家の令嬢だったのか。念のためグレイソンに確認すると、紋章は間違いなくキラカラン男爵家の物とのことだった。あとはその男爵家の内情が、実は火の車だったなんてことでなければ、信用に値すると考えてよさそうだ。


「商会については分かりました。ただ私はキラカラン男爵を存じ上げておりません。確認する時間を頂きたいのですが」


「構いませんわ。でしたら父にお会いになりますか?」

「いえ、それには及びません。閣下もお忙しいでしょうから」


 確認するだけなら最高の適任者が知り合いにいるからな。


「返事を三日以内に生活協会に届けておきます。もし取り引きするとなったら、私の屋敷に来て頂くことは可能ですか?」

「もちろんです。日時をご指定頂ければ、何をおいても伺わせて頂きますわ」


「分かりました。ではその時はいくつか候補をお知らせしましょう」

「ご配慮、痛み入ります」


 こうして俺は生活協会を後にして、その足で適任者の許へ向かうのだった。善は急げだ。

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