第三話 治癒の祈りと宣伝
「怪我人ですか? それならあそこで休んでいるガルムさんが、先ほど魔物討伐から帰ってこられたのですが、腕の骨が折れてしまったとかで……」
ドロシーが指さした方を見ると、添え木をあてて右腕を肩から吊っている大男がうなだれて座っていた。
冒険者は体が資本だ。病気や怪我で思うように動けなくなれば、収入が断たれて生活に困窮することになる。彼らはその日暮らしがほとんどで、頼れる家族もいない者が多い。
それでもパーティーに所属していればメンバーが助けてくれることもあるが、大多数は単独行動。そこそこ高レベルの者たちが集まらなければ高報酬の仕事が請けられないので、少ない報酬をメンバーで分けることになるからである。
つまり、ジルクたち『聖杯の欠片』のような仲のいいパーティーは稀なのだ。
「アンタがガルムで合ってるか?」
「ああ? ああ、お前は誰だ?」
「ハルト・キサラギ、同業者だ。こっちはコルタ教会のシスター・オリビア」
「ガルムさん、初めまして」
ガルムの肌が露出している部分にはかなり長い体毛が生えている。冒険者の男性は自分を強く見せるために、わざと体毛を伸ばしている者もいるとか。
しかしそれ、手入れくらいはちゃんとしておかないと女の子にモテないぞ。ワイルドと不潔はイコールではないのだ。
「どうも。それで冒険者と教会のシスターが俺に何の用だ?」
「アンタ、腕を折っちまったらしいな」
「見ての通りだ。笑いたきゃ勝手に笑え」
「教会のシスターが怪我人を見て笑うと思うか?」
「じゃ、一体何の用だってんだよ!?」
ガルムが急に大声を出したせいで、協会内にいた者たちが一斉にこちらに目を向けた。グッジョブだぞ、ガルム。
「そういきりなさんなって。その腕じゃ生活にも困るだろ?」
「当たり前だ! 明日からどうやって食っていこうかと……」
「それなら話が早い。ガルムよ、シスター・オリビアの祈りには癒しの効果がある。アンタのその腕、すぐに治るぞ」
「まさか、治癒魔法が使えるってのか!?」
「魔法じゃなくて祈りだ」
「何でもいい! 治せるなら治して……まさかな。治癒魔法が使える人間を聖教が放っておくもんか。新手の詐欺かなんかか? 馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」
「まあ、そう言うなって。コルタ教会のシスターたちにこの力が芽生えたのはつい最近のことなんだ。一度シスターに祈らせてくれないか?」
実際はこれから俺の許で治癒魔法の修行に入るところだから、まだ目覚めちゃいないけどな。
「ふん! その代わりどうせ大金を要求しようって腹だろ。騙されてたまるかよ」
「いや、金は取らない。まあ治ったら一度くらいはコルタ教会に寄付してくれるとありがたいが」
「金は取らないだと? 本当に治ったなら寄付でも何でもしてやるよ!」
「そうか。だが今はまずこっちの頼みを聞いてほしいんだ」
「頼み?」
「お前の腕がシスターの祈りで治るところを、ここにいる皆に見せたいんだよ」
「それくらい構わねえが、治らなかったらどうする?」
「その時は怪我が治るまで俺の屋敷で面倒を見てやるってのはどうだ? もちろんちゃんとした部屋で三食昼寝付きでな」
「マジか!? おいお前ら、今の話聞いてたな!」
突然ガルムが周囲に向けて叫ぶと、集まり始めていた者たちが一様に頷く。
「これでペテンは出来なくなったぜ。いいだろう、祈らせてやるよ。おいお前ら、集まれ!」
「「「なんだなんだ?」」」
「「「アイツ腕の骨折ったんだよな」」」
口々にそんなことを呟きながら、野次馬たちがどんどん集まってきた。彼らの様子にガルムがニヤニヤしながら再び叫ぶ。
「そこのシスターさんが祈って俺の腕を治して下さるそうだ。治らなかったら俺の面倒を見てくれるってんだから、ありがたい話じゃねえか!」
万が一にも俺たちを逃がさないように、一人でも多く証人を増やそうという魂胆なのだろう。
なんかだんだん腹が立ってきたが、こっちの宣伝に使わせてもらうんだ。ガマンするしかない。
だが覚えておけよ。お前だけはたとえ望んでも俺の土地には住ませてやらないからな。
「悪いがガルム、添え木を外して腫れた患部を見せてくれるか?」
「いいぜ。誰かやってくれ」
すぐに野次馬の一人が腕を吊っていた布と包帯、添え木を外した。思った通り患部は青くなって腫れ上がっている。
「それじゃよく見ていてくれよ。オリビア、頼んだ」
「はい。失礼します」
言うと彼女はガルムの前に出て片膝をつき、胸の前で両手の指を絡めて祈り始めた。
「大いなる主神ルーミリン様に仕えし精霊たちよ、この者の穢れを浄め傷を癒したまえ」
この祝詞は、あらかじめシスターたちと話し合って決めたものだ。いずれ彼女たちが治癒魔法を会得した後も、これを唱えると言っていた。
そしてオリビアが目を閉じて頭を垂れたら俺の出番だ。心の中でガルムの腕が元通りになるよう、深くイメージする。そうだ、ついでにこの腕は永久脱毛しておいてやろう。
ツルツルのお肌が手に入るぞ。やったな、ガルム。
話は逸れたが野次馬たちが見守る中、彼の腕からは見る見る腫れが引いていった。驚きの声があちこちから聞こえる。
「おい、マジかよ……」
「腫れが引いたぞ! まさか本当に治ったんじゃ……」
「手品じゃねえだろうな」
「おっ! おおおおっ!!!!」
だが、一番驚いていたのはガルム本人だった。痛みが引いたせいで腕を曲げたり伸ばしたり、回したりして確かめている。
腕からは毛がはらはらと落ちていたが、そんなこと今は気にならないようだ。
「ほ、本当に治っちまった……」
「おいガルム、お前骨折したの嘘だったんじゃないだろうな」
「バカ言え! 腫れてたの見ただろ!? マジで痛かったんだぞ!」
「よかったな、ガルム。これで明日からまたバリバリ働けるじゃないか」
「あ? ああ、そうだな。ハルト・キサラギって言ったか?」
「ああ」
「さっきは疑って済まなかった。そしてシスター・オリビアさん」
「え? 私ですか?」
オリビアの小さな手を、ガルムが無骨な手で包み込むように握った。
「ありがとう。本当にありがとう! コルタ教会だったな。必ず寄付しに行くから待っててくれ!」
「はい、よろしくお願いします」
「ガルム、シスターから手を離せ。痛がってるぞ」
「あ、す、すまん……」
「いえ、大丈夫ですからお気になさらずに」
野次馬たちが歓声を上げている。どうやら宣伝は大成功だったようだ。彼らはこれから今の出来事を誰かに会う度に吹聴して回るだろう。
加えてガルムが最後にコルタ教会の名を念押ししてくれたお陰で、それも同時に広まっていくはずだ。あからさまに名を売る必要がなくなったのはいいことである。
お陰で聖教から目をつけられることにはなるだろうが、そんなことは初めから織り込み済みだったしな。
ところでガルムよ、この功績に免じて土地の一番端っこになら住ませてやってもいいぞ。
それから俺とオリビアは、引き留めようとするガルムや野次馬たちに別れを告げて、教会への帰路に就くのだった。




