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第一話 使用人と用心棒

 あのバーベキューの日から二カ月が過ぎた頃には、領地を取り囲む壁と豪華な屋敷が完成していた。ルドルフの仕事の早さには驚かされたよ。

 しかも連れてきた職人たちも一流揃いとかで、俺もキャロルも大満足だった。


 なお、壁から教会への専用通路は幅二メートル、高さは壁と同じ三メートルほどのトンネルのような造りになっている。


 防犯と通気性を兼ねた十センチ角ほどの小さな窓がいくつもあるが、扉の類はないので通路から領地に立ち入ることは出来ない。


 壁そのものにルドルフは関与していないが、この通路だけは改めて彼に設計を依頼したものだ。


 それから屋敷の執事とメイド四人は生活協会から紹介を受け、キャロルと二人で面接して選考、採用を決めた。


 執事はハワードという六十歳の初老の男性で、髪は完全に白くなっていたが清潔感がある。以前は貴族の屋敷で家令を勤めていたらしく、高身長で痩身だが背筋が常にピンと伸びていて気品さえ感じられた。


 加えて武術の心得もあるとのことで、その貴族からの信頼も篤かったようだ。辞めたのは当の貴族家の定年年齢に達してしまったからで、かなり惜しまれたとのことだった。


 これは本人から聞いたのではなく、グレイソンからの話である。うちには定年はないから安心してほしい。


 なお、現在は三年前に妻を亡くし、子供もなかったため天涯孤独の身だそうだ。蓄えを切り崩さなければならないと思っていた矢先の募集に、ダメ元で応募して採用されたので、こちらが恐縮してしまうほど感謝されたよ。


 ちなみにキャロルは彼のことをおじいちゃんと呼んでいる。ハワード自身も彼女を孫を見るような目で見ていたから問題ないだろう。


 奥様なんて言われて照れまくってたけどな。


 次に四人のメイドのうち、二人は十六歳の双子でラルルとリルルという少女だった。二人とも小柄で痩身、胸は何とか膨らみが分かる程度だが、丸顔で大きな瞳が映える可愛らしい顔つきをしている。


 元々は皇都の宿屋で雑用係をしていたそうだが、主が代替わりして孤児だった二人は理不尽ないじめを受けるようになり、生活協会に相談に行ったところで俺の募集を紹介されたとのこと。


 宿屋の方は協会が間に入ったことで後腐れなく辞められたようだ。よかったよかった。


 ところで彼女たちには宿屋で料理を作っていた経験もあり、試しに作らせて食べてみたところなかなかの腕前だった。当面は使用人たちの賄いを担当させればいいと思う。


 もちろんその時は特別手当て支給だ。


 残りの二人のうち一人はイライザ、二十三歳で二歳になる子持ちの未亡人である。ほんの一カ月ほど前に行商人だった夫が魔物に襲われて死亡し、途方に暮れていたところに住み込みの募集を知ってとにかく応募したとのこと。


 実家はそこそこ名の知れた商家らしいが、行商人との結婚を反対され、半ば駆け落ち状態で家を飛び出したため今さら戻ることは出来ないそうだ。


 彼女の採用は多分に同情が絡んでいたが、いざ働き始めると非常に真面目で仕事も丁寧だった。結果オーライである。


 余談だがイライザは経産婦とは思えないほどスタイルがよく、卵形の輪郭に整った顔立ちの美人さんなのでなかなかの生唾モノだ。そんなことを思っているなどとキャロルに知られるわけにはいかないけどな。


 最後はスザンヌという五十一歳の中年女性である。ハワードと同様に前職は貴族、それも伯爵家に仕えていたそうだ。そこでは長いことメイド長を任されていたらしい。


 高級貴族家に仕えていたのでプライドの高さが心配だったが、実際は物腰の柔らかい温厚な性格だった。


 伯爵家のメイドを何人も育ててきた経歴の持ち主で、彼女なら他の三人の教育係も任せられるだろう。


 前職を辞した理由は伯爵家に迷惑をかけたくなかったからとのことだった。温厚な彼女は争う気など全くなかったのに、メイド長の座を狙う者が現れて、あることないこと主に吹き込んだせいで辞めざるを得なかったらしい。


 後からそれらが全て嘘だと分かってその者は追放。スザンヌは戻ってくるように説得されたが、どうしても一度辞めさせられた職場に戻る気にはなれなかったという。


 そして自暴自棄になりそうだったところへ、生活協会から求人の知らせを受けた。気は進まなかったが、グレイソンにとにかく俺と会ってみるように言われ、来てみた彼女は驚いたそうだ。


 まずすぐそばに教会があり、雇い主は爵位を持たない若い領主だというではないか。領主や婚約者に懐いている教会の孤児たちも、悲壮感など微塵もなく生き生きとしている。


 これまでずっと格式張った伯爵家に仕えてきたが、自分の本当の居場所はここだったんだと、採用を告げた時に彼女は涙ながらにそう語ってくれた。


 そんなわけで、スザンヌならお母さん的な働きも期待出来そうだ。キャロルや他のメイドたちだけでなく、今まで甘えられる相手のいなかった三人のシスターの心の拠り所になってくれたらとも思う。


 そのシスターたちには何度も魔物討伐に同行させ、この二カ月間で目標だったレベル30に達していた。治癒魔法を教えるには十分である。それ以降は必要経験値が一気に増えるため、なかなかレベルが上がらないから一旦ここで打ち止めだ。


 あと必要なのは用心棒となるわけだが、こっちは生活協会の管轄外なので俺はその日、冒険者協会へと足を運んでいた。キャロルは新居で留守番である。


「長期間の雇用、という形になるんですね」

「ああ。寝床は提供するし風呂にも入れる。食事は無料ではないけど賄いでよければ食べられるよ。部屋にはキッチンもあるから、自分たちで料理することも可能だ」


 いつも通り受け付けはドロシーである。


「何人の募集ですか?」


「四人くらいでいいかな。よほどのことがない限り危険はないし、普段は俺もいるからね。警備対象は大まかには屋敷と教会で、受付兼守衛室に常駐することになる」


「えっと、五人ではダメですか?」

「誰かあてがあるの?」


「リーダーがレベル40のパーティーなんですが、メンバーのご家族が病気とかで、安定した収入になる長期雇用を希望しているんですよ」

「なるほど、それが五人パーティーなんだ」


 キャロルよりリーダーのレベルは低いが、メンバーのことをちゃんと考えているところには好感が持てるな。


「分かった。会ってみようか。連絡がついたらうちに来るように伝えてもらえる?」

「あ、それならあそこにいますから。ジルクさぁん!」


 ドロシーに呼ばれて近づいてきたのは、ロン毛に細マッチョの二十代後半に見える男性だった。チャラ男っぽいけど大丈夫なのか?


「こちらハルト・キサラギさん。長期雇用の用心棒を探しに来られたんですよ」

「おお、初めまして。私は冒険者パーティー『聖杯(せいはい)欠片(かけら)』のリーダーでジルクと申します」


 見た目とは裏腹に、胸に手を当てて腰を折る挨拶は優雅に見えた。もしかしていいとこのお坊っちゃんなのかな。


 とにかく募集の趣旨を伝えると、すぐに屋敷を見て面接を受けたいとの意向だった。メンバーも協会内にいるので、待たせることはないという。


「分かった。それなら準備して入り口のところで待っていてくれ。協会の手続きが済んだら向かおう」

「承知! ではお待ちしております!」


 勢いよくそう言ってメンバーの許に走り去った彼の姿を見て、俺は人を見かけで判断してはいけないと改めて思うのだった。

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