第五話 屋敷と宿
ルドルフの事務所は生活協会から徒歩五分ほどのところにあった。立地条件としてはかなりいいと思う。
「コルタ教会のすぐそばに新居の建築ですね」
俺とキャロルはアポなしで来たにも拘わらずすぐに応接室に通され、待つことなくルドルフ自身が応対してくれた。
グレイソン曰く、報酬は桁外れたが腕は皇都で最も優れているのではないかというから、どんな偏屈ジジイが出てくるのかと思っていたが、蓋を開けてみれば三十歳前後の穏やかな青年という印象である。
自己紹介の時の物腰も柔らかく、身なりも整っていてなかなかのイケメンだ。
「二階建てでレンガ造りがいいかな。あと内風呂は大きめにしてもらって、キッチンには釜を二つ頼む」
俺とキャロルの寝室は二階に二十畳ほど。この部屋には浴室を設け、二人で入れる二メートル四方ほどの浴槽を設置する。天井を開閉式にして、気分次第で露天風呂も楽しめるようにしよう。
二階には他に十畳ほどの客間を二室と、それぞれに余裕でテーブルが置ける広さのベランダもつけることにした。
あまり使用する機会はなさそうだが、もし客が泊まったとしても、一日の始まりである大事な朝食はキャロルと二人で摂りたいからだ。客には部屋か、そのベランダで朝食を摂らせるというわけである。
それと住み込みの使用人を何人か雇うつもりなので、一階には使用人が使う部屋も用意する。
俺が不在の時に家の管理を任せる執事的な人材と、家事全般を担当してもらうメイドのような人材。加えて教会までカバーする用心棒も必要だな。
専属の料理人を雇うと完全に貴族のようになってしまうので、そっちは頻繁に客が来るようになってからでいいだろう。食事はなるべく教会の皆と一緒がいいし。
「それですとかなりの敷地面積となりますが」
「心配ない。教会の周囲五十メートル四方が俺の領地だからな」
「そうでしたか。キサラギ様は貴族様なのですか?」
「いや、皇国の二等管理地を買ったから領地扱いだけど、爵位はついてなかったから身分は平民だよ」
「二等管理地を! それだけの広さがあれば十分ですね」
「エントランスは広めにして、用心棒が常駐する守衛室を受付と兼ねるように設計してくれ。守衛室の奥には彼らが寝泊まりする六畳の部屋を四つ。キッチンは共同でいいが、トイレは男性用と女性用をそれぞれ一つずつ頼む」
「ハルトさま、お話を聞いているとお家というよりお屋敷といった方がよさそうですが……」
キャロルが俺の袖をちょいちょいと引っ張って、そんなことを言ってきた。だがその前に――
「キャロル、もうおにいちゃんとは呼んでくれないのか?」
「その方がいいならおにいちゃんと呼びますよ」
「ぜひそうしてくれ」
「分かりました」
よし。もう従妹を装う必要はないが、おにいちゃんと呼び続けてもらえることは確定したぞ。
「まあ、確かにこの規模だと屋敷だな」
「ご希望はこれでよろしいですか?」
「ああ。後で何か出るかも知れないが、その時は相談するから可能か不可能か判断してくれればいい」
「かしこまりました」
「それとまだ先の話になると思うが、ゆくゆくは宿も建てたいと思っている」
「おにいちゃん?」
「宿、ですか?」
「まだ詳細は語れないけど、あの辺りにはこれから人が大勢やってくるんだよ」
「なるほど。そのための宿ですか」
遠方から治療院に来た場合、その日のうちに帰れない者もいるだろう。それに夜は盗賊や魔物に襲われる危険もある。
せっかく治療院で病気や怪我が治っても、帰りにソイツらにやられたんじゃ目も当てられないからな。
「ところで二等管理地を手に入れたキサラギ様にお聞きするのは失礼かも知れませんが、ご予算はどのくらいをお考えですか?」
「金貨一万枚あれば足りるかな」
「そ、その半分でも多いくらいですよ」
「そうか。なら図面と見積もりが上がったら知らせてくれ。依頼料はこれでいいか? 手付金は見積もりが上がったら改めて支払おう」
「大きな仕事を頂けるのですから、依頼料は不要ですよ」
金貨を一枚取り出したところで、ルドルフはそれを断ってきた。報酬が桁外れと言われていたのに、依頼料も取らないとはなかなか良心的ではないか。
どこぞの協会とは大違いだ。
「なあ、こちらからも質問していいか?」
「どうぞ」
「ルドルフさんは初めてきた俺を、どうしてそんなに信用してくれるんだ?」
「そのことですか。私は昔から勘が鋭くて、相手が嘘を言っているかどうかが何となく分かるんですよ」
「で、俺は信用出来ると?」
「はい。それともこの依頼は私を陥れるものなのですか?」
「もしそうでもはいとは言わないだろうが、紛れもなくホンモノの依頼だ。見積額のうち必要経費はすぐに支払うし、半分までなら先払いも出来るぞ」
「分かりました。ありがとうございます。それでは見積もりの中に必要経費の項目を作っておきましょう。先に頂くのはその分だけで構いません」
この後、彼が作成した依頼書にサインして、俺とキャロルはルドルフの事務所を後にした。そして冒険者協会についたところで、ちょうど市場から戻ったオリビアたちと鉢合わせする。
三人とも両手の大きな荷物が重そうだ。もしこれを手分けして教会まで運ぶとしたら、一苦労どころじゃすまないだろうな。
「オリビア、レイラ、リリー、お疲れさん」
「はぁー、重かったぁ」
「どんだけ買ってきたんだよ」
「だってハルトさんの空間収納スキルがあるから……」
「リリー、声がデカい!」
「あ、すみません。でも、こんなことならハルトさんにも市場に来てもらえばよかったですよぉ」
「「うんうん」」
「おにいちゃんも色々と忙しかったんですから仕方ないです」
「「「おにいちゃん!?」」」
見事にハモりやがったな。
「ああ、キャロルには俺のことをそう呼んでもらうことになったんだ」
「子供たちに真似されるかも知れませんよ」
「構わないさ」
それから俺たちは人気のない路地裏に行き、荷物を空間収納に放り込んで教会への帰路に就くのだった。