第三話 司祭とバーベキュー
「ここに骨を埋めるのが条件なのですか?」
「ええ」
「理由をお聞きしても?」
簡単なことだ。この世界の医療技術は日本に比べて格段に劣っており、治療といえば通常は薬草などに頼る他はない。だから治癒魔法は使えるというだけで金になるのだ。そして患者に要求する報酬も言い値が基本。
つまりボロ儲けしようと思えばいくらでも可能なのである。
また、俺から習えば他人に治癒魔法を教えることも出来るようになる。教わった者達が全員善人であればいいのだが、確実にそうとは言い切れない。最初は善人でも、金に目がくらんで途中から悪人に変わる者もいるだろう。
何より俺の治癒魔法は、それほど深くない外傷や風邪などが治せる一般的なそれとは性質が根本から異なるのだ。瀕死の状態にあっても生きてさえいれば全快させられるし、体の一部が欠損していても元に戻すことさえ可能なのである。
正直なことをいうと、たとえクビが刎ねられていても問題はない。ただ魂を呼び戻すことが出来ないので、死者の蘇生は不可能というだけだ。
そんな魔法がルーミリン教に広がってしまったら、力を持ちすぎることとなるのは明白。そんなことは断じて許すわけにはいかない。
「だからここから他所に行かれたら困るということです」
「なるほど。しかしそれなら何故シスターたちはいいのですか?」
「シスターは基本その土地を離れませんよね。よしんば教皇が教会本部に取り込もうとしても、俺ならそれをはね除けることが出来ますので」
「聖クレメンス猊下のご命令をはね除けるですって!?」
「ええ」
グランツ司祭や三人のシスター、それにルーミリン教そのものに思うところはないが、俺を異端審問にかけようとしたアシエル司教を始めとする教会幹部は気に入らない。
故に、もし教皇が治癒魔法の使い手となったシスターたちを自分の許に呼び寄せようとしたら、聖帝を脅しつけてでも命令を取り下げさせるというわけだ。
彼女たちをルーミリン教ごときに利用させてなるものか。
「ただそうなるとグランツさんはここには居づらくなるんじゃないですか?」
「確かに……破門になってもおかしくはありませんね」
「それでも変わらずここに残って患者の治療を続ける気があるのか、諦めて司祭としての役割を果たすか、ですね」
「私としては少しでも誰かのお役に立ちたいとは思いますが、司祭の役職はともかく破門されて教徒でいられなくなるのは苦しい」
心の持ちようだとは思うけどね。破戒したわけでもないのに破門にするなら、その方が主神様とやらは嘆き悲しむんじゃないかな。知らんけど。
「ならグランツさんはひとまず保留ということで。オリビアとレイラとリリーは手が空いたら冒険者協会に登録しに行こう」
「あ、それなら今からどうですか? ついでに皇都の市場にも寄りたいですし」
「三人でお買い物なんてなかなか出来ませんからね」
「私はお肉がいいです!」
台詞はオリビア、レイラ、リリーの順だ。
「リリーは相変わらず肉かよ」
「いいじゃないですか。食べたいものは食べたいんです!」
「まあ、普段は素食が多いからな」
「ですです!」
「分かったよ。さすがにダブルヘッドボアとはいかないが、これでよさそうな肉を買ってくるといい」
そう言って俺は小金貨五枚をリリーに手渡した。
「そんな、悪いですよ」
「気にするな。余ったら返してくれればいい。もちろん使いきっても構わないぞ」
「でも……」
「俺も美味い肉を食いたいからさ。そうだ、久しぶりにバーベキューなんてどうだ?」
「ばーべきゅー? それはどんな料理なのですか?」
「グランツさんは知らないか。外で肉や野菜などを焼きながら食べるんです。美味いですよ」
「興味深いですね」
「よし、決まりだ。壁を造りに来てる職人たちも呼んで盛大にやろう」
「ハルトさま、ばーべきゅーと聞こえたのですが」
扉をノックする音が聞こえたので返事をすると、キャロルが半開きにして顔を覗かせた。
「ああ、キャロル。今夜はバーベキューにしようって話になったんだよ」
「わあ! 私ばーべきゅー大好きです!」
「これから皇都にシスターたちの冒険者登録ついでに買い物に行くんだけどキャロルも来るか?」
「行きます!」
即答かよ。可愛いからいいけど。
それと生活協会で道路計画の進捗も聞いておきたいな。買い物はシスターたちに任せて、俺はキャロルとそっちに行くとしよう。
何故キャロルも買い物に行かせないのかって?
そんなの彼女が俺についてくるって言うに決まってるからだよ。
それから俺たちはさっさと身支度を終え、留守をグランツに任せて皇都へと向かった。片道一時間の距離も、可愛い女の子四人と一緒だとあっという間だ。
冒険者協会での登録もスムーズに終わり、買い物組とは二時間後に落ち合うことにして、俺とキャロルは生活協会へ足を向けた。予想通りだが、キャロルは俺についてくる一択だったよ。
「生活協会、私行くの初めてです」
「そう言えば連れてきたことはなかったね」
「まさかハルトさま、生活協会の受け付けの人も可愛い女の子なんですか?」
「あはは、グレイソンはオッサンだよ」
「ホントにぃ?」
「これから行くのにウソ言ってどうなる?」
「えへへ、確かにです」
キャロルのプチ嫉妬を軽くいなして協会に到着すると、カウンターで暇そうにしていたグレイソンが俺たちに気づいて見る見る赤くなるのだった。