第四話 雨と言葉責め
「そ……そんな……!」
「や……やぁぁっ!」
「不潔……不潔ですぅ!」
「ハルトさまが……私の……」
子作り方法、つまりシスターたちへの性教育はここに幕を閉じた。
ただ、言葉を濁す隠語を使った説明はしていない。そのものズバリ、単語もズバリである。卵子と精子が結びついてほにゃほにゃ、なんて小学校で教えるような生易しいものではなかったということだ。
俺が彼女たちに教えたのは性行為そのものだった。キスして上から順番に進めていく過程を語ったところ、まずはそこでカルチャーショック。
そして色々なバリエーションを余すところなく(俺の知ってる範囲で)伝えて、三人は今やブラクラ(ブラウザクラッシャー)を食らったような状態に陥っていた。
セクハラ?
そんなのこの世界には存在しないのだよ。それに今回は冤罪を着せようとした罰でもあるからな。
無知は時に罪でもある。名言じゃないか?
キャロルは未成年だから問題ない。依怙贔屓? 上等だ。
あ、しかしそれをしても必ず妊娠すると言うわけではなく、そこは神のみぞ知ると言ったら妙に感動してたっけ。
いや、もちろん口で説明しただけだぞ。行為はしてないからな。
あと一緒に聞いていたキャロルは流れ弾に当たったようなものだ。何やら体をクネクネさせているが。
だから彼女にだけ聞こえるように、そっと耳元でこう囁いておいた。
「めちゃくちゃ気持ちいいぞ」
「ひゃうぅ!」
最初は痛いかもなんてネガティブな情報は、いざその時がきたら伝えればいいだろう。
とにかく、これでしばらくはシスターたちから何らかの攻撃があったとしても、ちょこっと単語をつぶやくだけで返り討ちに出来るはずだ。
純情を弄ぶようで申し訳ない。
もっともそれからしばらくの間は、シスター三人から二メートル以内に近寄ってもらえなくなったけどな。襲ったりしねえよ。
キャロルは逆にベタベタしてくるようになった。
可愛いし、いい匂いだし、柔らかいからいいんだけど、いつか押し倒してしまいそうで怖い。
俺のメンタルは鋼だが、自制心は豆腐なんだよ。あまり誘惑しないでくれ。
◆◇◆◇
六月になった。
ここ、神聖ルーミリン聖教皇国の六月は、日本の梅雨と同様に雨の多い季節となる。気温もそれほど上がらず、肌寒い日が多い。
その日も昨夜から降り続く雨で鬱陶しい中、俺は集会室に三人のシスターを集めた。
「というわけでどうだろう?」
「何がですか?」
「子供たちに読み書きを教えるのさ」
「ああ、なるほど。読み書きですか」
教会にいる子供は最年長のキャロルを含めて八人。
本来なら養護施設を兼ねる教会は子供たちに勉強を教えるのだが、自身がまだ成人して間もないシスター三人では、そこまで手が回っていないようだった。
しかしこの雨では行動が限られるし、子供たちも外で遊べない。ならば、簡単な読み書きを教えるには打ってつけではないかと考えたのである。
「いいと思います。ハルトさん、よろしくお願いします」
「いやいやいやいや、教えるのはオリビアたち三人だよ」
「私たちは教会のお仕事が……」
「ないだろ?」
「えっと……」
「ないよな?」
「は、ハルトさんだって……」
「俺は雨でも冒険者協会に依頼を探しに行ったりするからヒマじゃないぞ」
「うっ……」
別に勉強を教えるのが嫌だとか面倒だとか言うわけではない。ただ、これはシスターたちの仕事である。
わずか小金貨二枚、日本円にして約二万円の寄付で住み込ませてもらっているとは言え、男手が必要な時以外は何もしなくてよかったはずだ。
まあ、子供たちの遊び相手になったり散歩に連れていったりするのは構わないが、勉強を教えるとなると話は違ってくる。それは仕事だ。
俺にやらせるなら報酬を出さなければならないと言うことである。もっともそんなカタブツめいたことを言うつもりはないが、なあなあにするつもりも全くなかった。
「しかしそうだな。教材なら寄付してもいいぞ」
「えっ!?」
「どうせろくな物がなかったりボロボロだったりするんだろ?」
「実は……前の司祭がそれらも全部売り払ってしまって……」
「マジか。とんでもねえ野郎だな」
「だから教えてあげたくても難しかったんです」
ご多分に漏れず、この世界でも紙やペンは安くはない。もちろん普通の暮らしが出来る者なら十分に買うことが出来るが、この教会の財政状況ではハードルが高いという意味だ。
「そういう事情だったのか。それで俺に丸投げしようとしたわけだ、オリビア」
「う……」
「オリビアは後で性教育の言葉責めな」
「ひぅぅぅっ!」
悶絶して恥ずかしがるがいい。
逆にそれでオリビアが欲情したらどうするのかって?
もちろん俺は人妻、シスターたちは神と結婚してるから神妻か、に手を出すような罰当たりではない。
それにそんなことをしたら絶対にキャロルが泣くからな。彼女を裏切るつもりはないよ。
「分かった。教材は後で買ってこよう。とりあえず子供たちとオリビアたち三人の分でいいか?」
「ほ、本当にいいんですか!? 雨降ってますよ」
「言っただろ。冒険者協会に依頼を探しに行くって。そのついでだから問題ない」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
レイラとリリーも嬉しそうにしている。
「皇都に行くから、他に何か必要な物や欲しい物があったら言ってくれ」
「あの、でしたら子供たちの下着を。これから続く雨のせいで、お洗濯物がなかなか乾きませんので」
「分かった」
「その分のお代は今月の寄付金から引いておいて下さい」
「ああ、大した額じゃないからそれくらい寄付するよ」
「なんか今日のハルトさん……」
「うん?」
「お父さんみたい」
「誰がお父さんだ! リリーも帰ったら言葉責めな!」
「いやぁぁぁっ!」
俺は一緒に行くと言うキャロルを、雨だしちょっと買い物とかして夕食までには帰るからと宥めて、人気のないところから皇都に転移するのだった。