第三話 口づけとせーきょーいく
ラノベなんかでよくある話に、転移魔法は自分しか転移出来ないとか、出来るかも知れないが危険だとか言う設定がある。
はあ?
考えてもみてほしい。自分しか転移出来ないと言うのなら、服や装備はどうなんだってことを。
身に着けているから問題ないなんてのは屁理屈でしかない。それは明らかに"自分しか"という制約に違反しているからだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、転移魔法は俺以外の他人も一緒に運べるということである。要は俺が共に転移すると明確にイメージ出来ればいいのだ。
ただしそれでも、この身に触れていなければいけないという制約はあった。
「私、前に読んだことがあるんです」
「ん?」
スルダン村を出てしばらく歩いたところで、キャロルが突然そんなことを言い出した。
「さっきのあれ、転移魔法ですよね!?」
「え? あ、いや……」
「誰にも言いませんから心配しないで下さい。もちろんシスターたちにもです」
まあ、キャロルの俺に対する想いを考えれば、どちらを尊重するかは考えなくても分かる。彼女なら俺が不利になるようなことは口が裂けても言わないだろう。
そんなことを考えていた時期が俺にもあったわけだが――
「シスター・オリビア、ハルトさんとキャロルさんが帰ってきましたよ」
「すぐに集会室に来るように伝えて」
というわけで、俺とキャロルはシスターに呼ばれて集会室にいた。正面にはオリビアたち三人が真剣な表情でこちらを見ている。
「えっと、何か……?」
「ハルトさん、隠さずに言って下さい」
「ん?」
「キャロルさんと何がありましたか?」
ああ、そうか。おそらくキャロルはシスターたちに何も言わずに俺を追いかけて、スルダン村にやってきたのだろう。
それで二人一緒に帰ってきたもんだから事情聴取というわけだ。
「俺が協会から魔物の討伐依頼を請けたのを知って、心配してきてくれたみたいだよ」
「…………」
「まあ、心配したのは分かるけど、こうして無事に帰ってきたんだからいいじゃな……」
「ハルトさん」
「い?」
「私たちが聞きたいのはそんなことではありません」
「へ?」
「キャロルさんと何があったか、キャロルさんに何をしたかということです」
「何をしたか……はい?」
待て待て。俺、キャロルに何かしたか?
確かに緑毛鼠の突進から護るために転移する時、彼女を抱きしめた事実はある。しかしあれはそれしか思い浮かばなかったからだし、そもそもそんなことを三人が知っているとは思えない。
それに彼女が俺のことを想っているのはすでに知っているはずだ。しかもシスターたちだって、キャロルが成人するまで今の気持ちが変わらなければ、二人のことを祝福してくれるって言ったじゃないか。
「一体何のことだか分からないんだが……」
「ハルトさん、私は言ったはずです」
「ん?」
「キャロルさんは未成年だから間違えを犯さないように、と」
「確かに言ってたねぇ」
「なのにどうしてですか!?」
「はぁ?」
「どうしてキャロルさんが妊娠したんですか!?」
「…………え?…………」
「え? じゃありません! きちんと説明して下さい!」
オリビアの言葉に驚いてキャロルを見たが、彼女はうつむいているだけだ。
キャロルが浮気……?
いやいや、そんな素振りは見せなかったし、ここに女の子を妊娠させることが出来る男なんて俺しかいない。だが、その俺には全く身に覚えがないのである。
それに俺がここに来てから一カ月も経ってないんだぞ。ベテランの助産婦さんがいるわけでもないし、キャロルから体調が悪いなどの話も聞いていない。
あ、先日熱を出したばかりか。しかしあれは風邪だったはずだ。
あるとすれば俺がここに来る前にコルタ村の誰かと関係を持ったということになるのだが……
「そもそもキャロルが妊娠したって、シスターたちはどうして知ってるんだ?」
「キャロルさん本人から聞きました」
「キャロルから?」
「キャロルさんはこう言いました。
お腹の中にハルトさまの子がいるんです。ハルトさまの身に何かあったら、この子の父親がいなくなってしまいます、と。
そして慌ててハルトさんを追いかけていったんですよ」
「いやいやいや、待ってくれオリビア。キャロル、俺はキャロルに何もしてないよな?」
「……しました……」
シスター三人が俺をギロッと睨む。本当に覚えがないんだってば。
「い、いつ!? どこで!?」
「先日のばーべきゅー大会の夜、教会の中庭です」
「バーベキュー大会の夜……?」
「ハルトさまは酔っ払っていたので覚えていないと思いますが……」
「ちょっと待ったぁ!」
おかしい。いくら何でもそれは絶対におかしい。一億歩くらい譲って、酔った勢いでキャロルとしちゃったとしよう。確かに彼女の言う通り、俺のあの夜の記憶は曖昧だ。
キスした夢まで見たくらいだし。
だがそれはほんの数日前のことである。まだ慌てる、じゃなくて妊娠が分かるような時間じゃない。
シスター三人が睨んだままなのは気になるが、そっちはひとまずスルーしておこう。少なくともキャロルを妊娠させた相手が俺ではないことがハッキリしたからだ。
いやまあ、酔った勢いでやっちゃったかも知れないと言う疑惑が消えたわけではないが。
ただこれで、妊娠したという事実そのものも怪しいと考えるべきだろう。何故なら彼女には前科がある。それは少し前に、俺が彼女のこと特別だと思ってると言った時のことだ。
それだけで妊娠したかも知れないと言う彼女が、すでに男と経験済みと言う方が不自然なのである。カマトトぶっているようにも見えないから、九十九パーセント何かの勘違いだろう。
残り一パーセントはあれだ。本当に妊娠したかどうかは別として、俺の記憶にないだけで彼女を女にしてしまった可能性というヤツだ。
「キャロル、教えてくれ。確かにあの夜のことは覚えていない。俺は君に何をしたんだ?」
「ハルトさまが酔って中庭のベンチで寝てしまっていたので、風邪をひいたら大変ですから起こそうと思ったら……」
「思ったら?」
「く……口づけを……」
「くち……」
「づけ……」
「!!!!」
そこのシスター三人、揃って頬に手を当てて真っ赤になってるんじゃない。
「そ、そうか……それで?」
「一度では妊娠出来ないと思って私からも……」
「は?」
「口づけを……」
「えっと……それから?」
「あとは毛布を取りに行って、ハルトさまに掛けてから部屋に戻りました」
「終わり?」
「は、はい……」
「………………」
「お願いです、ハルトさま! 私は逃げるならどこまででもお供します! だから……だから置いていかないで下さい!」
「有罪!」
「有罪です」
「有罪ですね」
「何でだよっ!」
キャロルはまあ分からないでもないが、まさかシスターたちまでキスだけで子供が出来るなんて思ってないだろうな。
そして確認してみると、三人ともキャロルの妊娠を信じて疑っていなかったのである。マジかよ。
オリビアは前に『イケナイコト』なんて、さも知ってるように言ってたじゃねえか。
それはキャロルもだけど。
よし、イイコトを思いついた。疑惑も完全に晴れたし、冤罪に陥れようとしたシスターたちには、合法的に恥ずかしい思いをさせてやろう。
「オリビア、レイラ、リリー」
「な、何ですか!?」
「性教育の時間だ」
「せーきょーいく?」
犯罪者を見るような目で俺を見る三人に、俺の微笑みは極悪人のそれに見えたことだろう。