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第二話 体当たりと索敵スキル

 緑毛鼠(グリーンラット)の討伐報酬は協会規定で銀貨三枚。日本円に換算すれば三千円ということになる。

 なのにダブルヘッドボアの肉などを振る舞っては大赤字に思えるだろうが、それはあくまでフリーで倒した時の報酬に過ぎない。


 今回はストロン畑を荒らされたスルダン村からの依頼なので、討伐報酬とは別に依頼料が入るのである。受注時に協会から提示されたのは小金貨八枚、つまり八万円だった。


 まあ、肉は五万円相当だから差し引きの実入りは少ないが、金が主目的ではないから問題はない。


「ハルト、来やがったぞ!」

「はい、確認しました」


 そろそろ昼に差しかかろうとする頃、緑色の毛に覆われた鼠の魔物が姿を現した。平均的な成体の体高は三十センチほどだが、今回の獲物はそれよりも少し大きく見える。


 子鼠は体高十五センチくらいだろうか。情報通り三匹だった。


 ヤツらにこちらの存在を気づかせるため、わざと足音を立てて畑に入る。すると即座に母鼠が威嚇するように低く唸った。


「グルルルル……」


 さすがに子鼠がいるのでいきなり飛びかかってはこない。俺はあらかじめ手にしていた小石を握ると、子鼠を狙って投げつけた。


「ビャンッ!」


 見事に命中。小石程度では致命傷にはならないが、母鼠を怒らせるにはこれで十分だろう。案の定、物凄い勢いで俺に向かって突進してきた。


 タイミングを計って馬跳びの要領で飛び上がって(かわ)すと、俺は子鼠たちに向かって走り出した。逃げる三匹、背後から反転して追ってくる母鼠。


 てか子鼠かかってこいよ。逃げるんじゃ計画通りいかないじゃん。仕方ねえなあ。


「後で母親も送ってやるからよ」


 俺はそこで初級魔法の鎌鼬(カマイタチ)が鼠の胴を真っ二つにするイメージを思い浮かべた。そして――


『カマイタチ!』


 呪文の発声は必要ない。次の瞬間には、目に見えない三日月型の風の刃がきれいに子鼠を切り裂いていた。


 俺を追う母鼠の視線の先で、三匹の子鼠が六つの肉塊に姿を変える。怒り狂った母親は俺の背中に渾身のタックルをキメていた。


「イテテ……」


 背骨が折れた感覚だったが、レベルアップの恩恵ですぐに痛みまで消える。これでまずはレベル4というわけだ。


 ただ、消えても痛みの記憶が残るのはどうにもならない。


 母鼠は血と内臓をまき散らした我が子の体を舐めていたが、俺が立ち上がると再び向かってきた。


 あれを腹に食らったら相当痛いだろうな。普通の人間ならそれで内臓破裂といったところか。しかし間違いなくレベル5には上がれる。


 子供を殺されたアイツも哀れだし、一応やられておいてやるか。


 そして襲い来る激しい衝撃と痛み。だが再びレベルアップの恩恵で、俺は無傷となって立ち上がった。


「おい、大丈夫か!?」

「ご心配なく!」


 ザーグが心配そうに声をかけてきた。そりゃ彼にしてみれば、俺が苦戦しているように見えて当然だろう。しかしまあ、痛いとは言ってもこの程度なら問題ない。


 このままあと五回ほど体当たりを食らえば、晴れてレベル10に上がれる。レベルアップに必要なダメージが一回の体当たりでは足りなくなっても、治癒魔法で回復すればいいだけの話だ。


 よし、今日中にレベル10に上げてしまおう。


 そう決心した俺は続けて四回の攻撃を受け、予定通りレベル9まで到達した。残り一回、それで目標クリアだ。


 ところがレベルアップのことしか頭になかった俺は、背後から走ってくる少女の存在に気づけなかった。


 迫る緑毛鼠が微妙に進路を変える。そのまま進むと俺に当たらないぞ。そう思って背後を見た時、全身から血の気が失せていくのを感じた。


「ハルトさま!」

「キャロル!? に、逃げろ!」


 ダメだ、間に合わない。キャロルと鼠の距離はすでに十メートルを切っている。ここで鎌鼬をイメージしても、魔法が発動するまで数秒はかかってしまうだろう。


 それにたとえ間に合ったとして、慣性の法則で肉塊が彼女にぶつかるのは間違いない。華奢(きゃしゃ)な彼女がそんな物をまともに食らえば、命を落としてしまう危険性だってある。運良くそこまでいかなくても、軽い怪我だけでは済まないだろう。


 キャロルを抱きしめるイメージ……


 転移魔法を発動させ、彼女の前に立って抱きしめた俺の背中に恐ろしいほどの衝撃が走った。そして二人して畑に倒されてしまう。


「キャロル、大丈夫か!?」

「は、ハルトさま……?」


「バカ! 何で飛び出してきた!?」


「だって……だってハルトさまがあの魔物にやられてるのを見て……」


「まさか、俺を助けようと?」

「はい……」


「おい! また来てるぞ!」

「分かってます」


 ザーグにそう応えると、俺は標的を見もせずに鎌鼬の魔法で緑毛鼠の首を落とした。


 索敵スキルは敵の位置を正確に知らせてくれる。つまり、魔法を飛ばす相手を視認する必要がなくなるということだ。その有効範囲はレベル依存。レベル10なら半径十キロまで探知可能になる。


 だが、そんなことより今はキャロルだ。俺は彼女を抱き起こすと、全身の土を叩いて落とした。


「キャロル、怪我はないか?」

「はい……大丈夫です……」

「ならよかった」


「ハルトさまぁ……ふえーん……」


 泣き出した彼女を優しく抱きしめ髪を撫でる。


「そう言えばどうしてキャロルがここに?」


「昨日……ひっく……ハルトさまが帰ってこなかったから……ひっく……」

「もしかしてオリビアから聞いた?」


「はい……ひっく……そしたら魔物の討伐だって聞いて……」


 彼女は居ても立ってもいられなくなり、冒険者協会で俺の行き先を聞いてきたそうだ。


「なあ、キャロル」

「はい……?」


「俺がダメージを受けるとどうなるかは知ってるよな?」

「はい。でも、痛いのは変わらないんですよね?」

「まあ、そうだけど……」


「嫌なんです、私。ハルトさまが痛い思いをされるのが……」

「そ、そっか……」


「取り込み中のところ悪いんだが……」


 ザーグが申し訳なさそうに話しかけてきた。それで我に返った俺たちは慌てて離れる。


「そっちのお嬢さんはハルトの知り合いのようだな」

「彼女はキャロル。教会の子です。」


「そうか。キャロルさん、女の子がそんな泥だらけじゃ帰るに帰れないだろ。風呂沸かしてやるから入っていきな」

「あ、はい。すみません」


「ところでハルト」

「はい?」


「さっきのあれ、何だ?」

「さっきの?」


「お前の姿が一瞬消えて、キャロルさんの前に飛び出たように見えたぞ」


 しまった。あれしか方法がなかったとは言え、転移魔法を見られたのはマズい。


「あ、あれは……その……」

「ん? 言えないことか?」


「すみません。我が家に伝わる秘術なんです」


「秘術か。よし、分かった。俺も言いふらすつもりはないから心配すんな」


 誤魔化せたのかな。まあ、言いふらさないって言ってくれてるから問題ないだろう。


 それから俺とキャロルはザーグの家で風呂を借り、依頼完了のサインをもらってから帰路に就くのだった。

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