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第六話 キャロルとたまご酒

「ハルトさま……もう! こんなに酔っぱらって!」


 キャロルです。


 今日はコルタ村の人たちを招いて、中庭でばーべきゅー? 大会が開かれました。ばーべきゅーとは、お外でお肉や野菜などを焼いて食べるお料理のことだそうです。


 ミオさんが魔法で道具を出して下さって、今まで食べた物の中で一番おいしく感じました。食べ過ぎてお腹が苦しいです。


 もしかしたら、皆でワイワイ騒ぎながらだったせいもあるのかも知れません。お肉屋の女将さんとか八百屋さんとかお米屋さんとか、とにかくたくさんの人が教会に来てくれました。本当に楽しかったです。


 そうそう、ハルトさまったら久しぶりだからとお酒をガブガブ飲まれて、中庭のベンチで寝てしまいました。こんなところで寝たら風邪をひいてしまいます。


 でも、ハルトさまの気持ちよさそうな寝顔、可愛いです。村の人たちは帰ったし、シスターや子供たちも教会に戻ってしまいました。

 つまり、周りには誰もいません。


 ちょっとだけチュッてしても大丈夫でしょうか。もちろん口と口のチュウです。今なら絶対にハルトさまに気づかれない自信があります。


 もう一度辺りをよく見て、誰もいないことを確認しました。教会の窓にも子供たちの影はありません。


 どうしましょう。ドキドキしてきました。


 ですがこんなチャンスは滅多にありません。ここでチュウしなければ、私は絶対に後悔すると思います。



 どうかハルトさまが目を覚ましませんように……



「んあ? ひゃろる……?」

「ひゃっ! は、はりゅとしゃま?」


 びっくりして噛んでしまいました。あとちょっと、人差し指ほどの距離に唇が近づいたところで、突然ハルトさまが起きてしまわれたのです。


 ここは何とか誤魔化さないといけません。恥ずかし過ぎます。


「み、皆さんもう帰られましたよ。寝るならお部屋に帰っ……ひゃぁっ!」


 ところが、酔った上に寝ぼけたハルトさまは、慌てて離れようとした私の首に腕を回してきたのです。


「何で俺の部屋にキャロルが……あ、そっかぁ、夢かぁ」

「部屋? は、ハルトさま?」


「んー、やっぱりキャロルは可愛いなぁ」

「へ?」



 チューッ……



「んっ!」


 わ、私の初めての口づけはお酒の味……


「は……ハル……?」


 ところが急に首が解放されたかと思うと、ハルトさまはまた寝てしまいました。


 ど、どどど、どうしましょう。きっとハルトさまは朝になれば今のことを覚えてないと思います。でも、私の唇にはまだはっきりと感触が残っているんです。


 嬉しいですけど、何だかとっても複雑な気分。


 あっ! まさかたった一度の口づけで子供が出来ちゃったりしませんよね。先日はちょっと勘違いしてしまいましたがイケナイコト、そう、口づけなら子供が出来てもおかしくありません。


 ハルトさまの子供ならきっと可愛いに違いありませんが、私はまだ未成年なのでそうなったら大変です。ハルトさまが捕まってしまいます。



 ハルトさまが捕まるくらいなら……


 二人で逃げるしかありません。私はどこまででもついていきますし、その覚悟も出来てます。誰も私のことを知らない土地に行けば、見た目だけなら未成年とバレることもないでしょう。


 そして二人で子供を育てて、幸せな家庭を築いて楽しく暮らしたいと思います。私の両親は野盗に殺されてしまいましたが、ハルトさまは元レベル999の賢者さまです。


 きっと私とこのお腹の子を護って下さるに違いありません。

 やだ、私ったら妊娠したかどうかも分からないのに、お腹の子だなんて。


 でも、そう考えると早くハルトさまとの子供が欲しくなってきてしまいました。それなら今度は私から口づけをしてしまいましょう。これできっと私は……


 チュッ!

「えへへ、さっきのお返しです!」


 まあ、ハルトさまは気づかないままなんですけどね。


 それにしてもさすがに私一人で大人の男の人を運ぶのは無理があります。仕方がないので毛布をかけて、起きたら自分でお部屋に戻って頂くしかないでしょう。それで風邪をひいてしまったら、私が看病してあげればいいだけのことですから。


 うふふ。不謹慎だとは分かっていますが、想像したらちょっとワクワクしちゃいました。

 も、もちろん、ハルトさまが風邪をひけばいいなんて思ってないですよ。


 ただ、一日中ハルトさまの面倒を見られると思うと、色々と期待しちゃったりしただけです。


 それから私は急いで毛布を取りに行き、ベンチで寝ているハルトさまに掛けて差し上げました。幸せそうな顔で眠るハルトさまを見ていると、何だか自分まで幸せな気分になってきます。


 ちゃんと子供も出来たでしょうか。


「くしゅん!」


 いけません。少し寒気がしてきました。名残惜しいですけど、お部屋に戻って布団に入ることにしましょう。


 今夜はいい夢が見られそうです。



◆◇◆◇



「キャロルが風邪ひいたって? (いて)て……」


 朝、目が覚めると、中庭のベンチで眠ってしまったせいか体中が痛かった。キャロルが毛布を掛けてくれたみたいだが、お陰で風邪だけはひかずに済んだようだ。


 ただ、そのせいか昨夜はとんでもない夢を見たような気がする。キャロルとキスしてしまった夢だ。


 まあ、夢ってことは間違いないんだが、妙に生々しい感覚が唇に残ってるんだよな。


「はい。誰かさんが外で寝てしまったせいで、ずい分長いこと傍に付いていたみたいですけど」


「あちゃー、俺のせいか」

「そうかも知れませんね。確実に」


「リリー、言ってることが矛盾してるぞ?」

「それしか考えられませんから」


「あははは……そうだ、昨日の酒は残ってるか? 米屋が持ってきた米から作った酒」


 驚いたことに、日本酒によく似た酒があったのだ。


「また飲むんですか? まだ朝なのに」

「違う違う。キャロルにたまご酒を作ってやろうと思ってね」


「たまご酒? キャロルさんは未成年ですからお酒は飲めませんよ」


「大丈夫。煮詰めて酒の成分は飛ばすから」

「はあ……まあ、お酒はありますけど……」


 たまご酒に興味津々なリリーの前で十分にアルコールを飛ばし、砂糖を入れて甘くする。本当はハチミツがあればもっとよかったのだが、ない物をねだっても仕方がない。


 出来上がったたまご酒は、リリーに酒の匂いがしないことを確認してもらってから二人でキャロルの部屋に向かう。

 部屋でキャロルと二人きりになるわけにはいかないからだ。


「キャロル、大丈夫か?」


「は、はりゅとさま……!? ゴホッ」

「おいおい」


 慌てて上体を起こして咳き込んだ彼女の背中を(さす)ると、相当熱があるのか耳まで真っ赤になっていた。それにしても鼻を詰まらせてちゃんと喋れないキャロルも可愛いな。


「キャロル、たまご酒を作ってきたぞ」

「たまごじゃけ……?」


「お酒の味はしませんから心配ないですよ」

「はりゅとさまが作って?」


「ああ。昨夜(ゆうべ)は悪かった」


「昨夜……昨夜! ひゃん!」

「キャロル?」


「にゃ、にゃんでもありましぇん!」

「……? さぁ、冷めないうちに飲め。温まるぞ」

「はい……」


 手渡したコップを両手で挟むと、彼女はそれをゆっくりと口に運んだ。


「甘くておいしい!」

「そうか、それはよかった」


「何だか体がポカポカしてきました」


「ハルトさん、たまご酒ってそういう飲み物なんですか?」

「ああ。薬とは違って、たまご酒は免疫力を高める効果があるんだ。科学的にも実証されてるんだよ」


「めんえきりょく? かがくてき?」


 体温が一度上がると、免疫力は一気に五倍くらいになるらしい。しかも卵には何種類もの必須アミノ酸がバランスよく含まれており、それによって免疫細胞が活性化されるのだ。


 もっともこんな話は理解されないだろうけど。


「ま、まあ、難しい話はさておき、風邪のひき始めには特に効くってことさ」


「すごいですね! それなら子供たちが風邪の時にも!」

「いいと思うよ」


「卵もお砂糖も高いですけど、お薬に比べたらそうでもないですし」

「ん? 飲み終わったか?」


 すっとキャロルがもたれかかってきたので、コップを受け取ってから再び彼女を横たえた。


「眠くなってきました……」

「ゆっくり眠りな」


 少しの間、軽く頭を撫でていると、彼女はすぐに静かな寝息を立て始めた。それを見て俺とリリーは部屋を後にする。


「酒も砂糖も無くなりそうなら言ってくれ。金の心配はしなくていいぞ」

「ありがとうございます。卵はコルタ村に行けば分けてもらえそうですね」


「キャロルがよくなったら、村にもたまご酒のことを教えてやりな」

「主神様の教え、ということにしましょうか!」


「それだと俺が神様になっちまうけどいいのか?」


「ダメですね」

「即答かよ」


 夕方になる頃にはキャロルの熱もすっかり下がったのだが、俺と顔を合わせると何故かまた熱が上がったようだった。

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