第四話 コルタ村と教会
仮住まいが完成したのは職人たちがやってきてから七日後のことだった。初めて魔術師のミオが教会に来た日からだと今日で六日目になる。
その間、朝晩の祈りの時間に毎回聖教歌がかけられていた。シスター三人は歌こそ歌ってはいなかったが、カラオケが大活躍していたようだ。
本来の使い方とは違うんだけどな。
もっとも、昼下がりの一時はシスターを交えた子供たちが歌合戦を繰り広げていた。俺が一通りの使い方を教えたせいで、娯楽のなかった教会の面々は大盛り上がり。
先日再びここを訪ねてきたミオによると、これと同じ状況が城でも繰り広げられているそうだ。カラオケは城の使用人たちにも解放され、聖帝が使わない時は誰かしらが歌っているという。
街にカラオケボックスが出来れば大繁盛となりそうだが、ミオはそこまで広めるつもりはないと言っていた。
「こっちでお金儲けしたって日本に持って帰れないだろうしぃ」
その考えは正しいと思う。もっとも持ち帰るどころか、二度と日本には帰れないんだけどな。
それはそうと、この後は教会の修復作業が始まる。俺たちはその前に、生活に必要な物を仮住まいに移動させなければならない。
とは言っても元々裕福ではなかったから、わずかな衣類や食器の類がほとんど。祭壇などの設備関連は動かせないので、埃がかからないように布をかけて保護することになっていた。
その早朝――
朝食にはまだ早い午前七時頃だと思われる時刻。いつものようにキャロルが起こしに来る前に、外の騒がしさで俺は目を覚ました。
「わぁ! 人がいっぱいだぁ!」
礼拝堂の方に行くと、扉の間から外を見たポピーが嬉しそうな声を上げていた。見ると入り口に二十人ほどの人集りが出来ている。どうやらコルタ村の住人たちのようだ。
外から人が来たことで彼女は喜んでいるようだが、彼らの表情はどう見ても友好的とは思えなかった。
「教会からこのところ毎日、音楽や歌が聞こえてくるようじゃが何事かね?」
「それは……」
代表の村長らしき高齢の男がオリビアに詰め寄っているように見えた。横に立つリリーもレイラも困り顔をしている。
「寄付金が盗まれたとか言って、本当は自分たちで使ってるんじゃねえのか!?」
「そんな!」
「そう言えばちょっと前に、肉のいい匂いがしてたよな」
「市場でそこのシスターがダブルヘッドボアの肉を大量に買ってるのを見たってヤツもいたぞ」
「貧しい中で子供たちの面倒を見てるからと黙っていたが、気づいたら新しい建物に修復まで始まってるようだしよ」
「金があるなら寄付金を返すか、村から出ていけや!」
「ひ、酷い……!」
うん。確かに酷い言い分だ。聖教行事が執り行えないのだから、金があるなら返せと言うのは分からないでもない。
しかしこの教会は聖教から破門されたわけではないのだ。見放されてはいるものの、所属は今でも聖ルーミリン聖教なのである。
そう言う意味では、寄付金を返せと言うのは間違っているだろう。
「おい!」
「誰だ、お前?」
「人に名を尋ねるなら、まず先に自分が名乗るのが礼儀じゃないか?」
「何だと!」
「ハルトさん?」
「オリビア、大丈夫だから心配するな」
そして村を出ていけと怒声を上げた男を睨みつける。
「朝っぱらから教会の前で怒鳴るな」
「うるせぇ!」
「よさんかバルジ」
「アンタは確かコルタ村村長の……」
「トーマスじゃ。そちらは初めて見る顔のようじゃが……?」
「少し前からここに住み込んでいる。ハルト・キサラギだ」
「はて、この村に住み込むなら、まず儂に挨拶に来るのが礼儀ではないかの」
「そんな礼儀は知らん。何の説明も受けてないからな。文句なら生活協会に言ってくれ。俺は協会の紹介でここに来た」
「そう言うことか。どうせまたあのグレイソンとかいう職員が担当したんじゃろ」
「確かにそんな名だったな」
アイツ、やっぱり適当な仕事しやがったんだ。
「事情は分かった。住み込みのハルトさんとやら」
「うん?」
「これは儂らと教会の問題じゃ。口を挟まないでもらいたいのじゃがのぅ」
「そう言うわけにはいかない」
「何故じゃ?」
「まず俺はここに住み込みで住んでいる。次に簡単なところからいくとダブルヘッドボアの肉だが、あれを買う金を出したのは俺だ」
「ほほう?」
「信じられないなら市場に行って肉屋に聞いてみろ。肉屋には名乗っているから、俺の名前を出せば分かるはずだ」
「そ、それだって俺たちの寄付金をアンタが……」
「シスターから預かって支払ったってか? 何のために?」
バルジは言いかけたことを先に言われて、言葉に詰まっている。
疑えばキリはないが、誰が金を支払おうとあの時はバルジが言った通りリリーも一緒だった。
つまり、肉が教会で消費されるであろうことは一目瞭然というわけだ。
だからもし寄付金を使い込むのだとしたら、俺に預けて支払わせても偽装にすらならないのである。
「そもそも今年アンタたちが寄付した金はいくらだ?」
「さ、最低でも一人銀貨一枚は寄付してる!」
「周辺の村も合わせたとして、人口はせいぜい三百から四百人。
しかし実際に寄付金を払えるのは大人だけだろうから、その半分くらいってことになるな」
「そ、そうだ」
「すると銀貨二百枚から、多くても三百枚程度。そんな計算でいいか?」
「あ、ああ……」
「俺が市場で肉屋に払ったのは金貨五枚、つまり銀貨にして五百枚だ」
「ご、五百……?」
「アンタらの寄付金じゃ足りないのは分かるだろう?」
俺は懐から金貨三枚を取り出し、バルジの前に放り投げた。
「な、何だよ、これ……?」
「寄付金、返してほしかったんだよな」
「ハルトさん?」
「俺が代わりに返してやるよ。だが村長さん」
「なんじゃ?」
「神様に寄付した金を返させたんだ。これは退転を意味するんじゃないのか?」
「ハルトさん! 言い過ぎです!」
「オリビア、気持ちは分かるが少し黙っていてくれ」
俺と村長の間に入ろうとするオリビアを制した。
「俺は宗教には疎い。だがな、寄付という行為は修行の一つだと聞いたことがある」
「……」
「つまりアンタたちは修行を放棄したんだ。そのこと、よく考えるといい。
それと音楽や歌の件だが、聖帝陛下からお許しが出ている」
実際にミオが聖帝に話し、教会での使用許可を取り付けてくれていたのだ。
「だからアンタらにとやかく言われる筋合いはないってことだ」
「う、ウソだろ……?」
「そう思うんなら聖帝陛下に直接……は無理だろうから、城に行って訴え出てみたらいい」
「そんなことをして、もし陛下が本当に許可を出されていたとしたら……」
「お、俺たちは聖教を疑ったことになる……!」
「用は済んだろ。さっさと帰れ」
だいたい教会が困っている時に助けもしないで、ちょっと楽しそうにしてたら文句を言いに来るなんて、薄情にも程があるというものだ。
だが、意外にも地面に転がった金貨を拾い上げたのは村長だった。
「ハルトさん、申し訳なかった」
「村長?」
「トーマス村長?」
その光景に村人たちが驚いている。
「儂らは大切なことを忘れていたようじゃ」
「どういうことだ?」
「過去に何度も、シスターたちに元気づけられていたことじゃよ」
「トーマスさん……」
「見ての通り儂らの暮らしは豊かではない。お陰で心まで貧しくなってしまったようじゃわい」
村長の言葉に、詰めかけていた村人たち全員が悔しそうに俯いた。
「儂らは退転した。ハルトさんの言う通りじゃ。じゃからすまん。この金を、もう一度教会に寄付させてはもらえんじゃろうか」
「そんな! それはハルトさんの……」
オリビアの言いたいことは分かったが、俺はあえてそれを手で制した。
「分かった。寄付しておこう。その代わり」
「その代わり?」
「今夜七時に村で来れる者全員、この教会に懺悔しに来い。それが条件だ」
「ハルトさん?」
「分かった。そうさせてもらおう」
「それともう一つ」
「まだ何かあるのか?」
「来るヤツは全員、腹を空かせておけ」
そう言ってニヤリと笑うと、シスターたちが歓喜に息を呑むのだった。