第三話 キャロルの真実
「キャロルがあんなに恥ずかしがるとは思わなかったよ」
「どうしてですかぁ?」
ようやく少し落ち着いたので、俺たちは集会室に集まっていた。子供たちは彼らの部屋へ。ミオは城に帰ったので、ここにいるのは俺とキャロル、それに三人のシスターだけだった。
「いや、だっていつも割と積極的だからさ」
「私たちも驚きました」
「取り乱したキャロルさんなんて見たの、初めてじゃないですかね」
「そうですね。子供たちのお姉さんって感じで、いつも落ち着いてますし」
「だって……ハルトさまから特別だなんて言われたんですよ」
「あ、だからその、何て言うか……」
「ハルトさん!」
「はひっ!」
突然オリビアが毅然とした声を発したので、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「ハルトさんはこの教会で唯一の大人の男性です。それはお分かりですね?」
「もちろん!」
「そしてキャロルさんは子供たちの中では一番年長とは言え、まだ十二歳の未成年です」
「うん……」
「ですのでちゃんと弁えて下さい」
「それは……」
「待って下さい、シスター・オリビアさん!」
キャロルがテーブルに手をついて立ち上がる。
「いくらシスター・オリビアさんでも、私とハルトさまの仲を引き裂こうとするのは間違っていると思います!」
「あ、そう言うことではありませんよ、キャロルさん」
「え……?」
「違うのか?」
「私たちは主神様にお仕えする身です。人の幸せを壊すようなことをするわけがないではありませんか」
「……」
「弁えて下さいと言ったのは、未成年のキャロルさんにハルトさんが間違えを犯さないように、と言う意味です」
「あ……」
「ですからハルトさん」
「ん?」
「キャロルさんが十五歳になって成人するまでは、早まった行動は慎んで下さいね」
「わ、分かってるよ、そんなこと……」
「それとキャロルさん」
「はい」
「あと三年、キャロルさんは七月生まれでしたから正確には約二年と二カ月ですが、成人するまで今の気持ちが変わらなければ、私たち三人はお二人のことを祝福させて頂くつもりです」
「シスター・オリビアさん……」
これは驚いた。てっきり反対されると思っていたのだが、確かに神に仕える身なら人の幸せを願うのは当然のことか。
「ハルトさんは取り壊されるところだったこの教会……いえ、私たち全員を救って下さいました」
「それに理由はどうあれ、聖帝陛下が頭をお下げになるようなお方です」
「ですからキャロルさんはハルトさんと一緒に、ずっとここにいて下さいね」
「いや、あのさ。俺はこれでも冒険者だからあっちこっちに……」
「もちろん問題ありません。ちゃんと可愛い奥さんがいるこの教会に帰ってきてさえ下さればいいんです」
「お、奥さん!?」
「きゃっ!」
なるほど、そう言うことか。オリビアたちにしてみれば、ただでさえ乏しい男手だ。それが元ではあってもレベル999の賢者となれば、手放したくないというのが本音だろう。
何故なら賢者とは、勇者と並んで神に近い存在だと言われているからである。
「まあキャロルとのことは先の話だから何とも言えないけど、ここにいれば食事にも風呂にも困らないからな」
「可愛いシスターが三人もいますしね」
「自分で言うかぁ?」
リリーが戯けた顔でペロッと舌を出す。
彼女も可愛いよなぁ。
しかし聖教のシスターは神と結婚しているので、原則的に男性とは結婚出来ないそうだ。
どうしても結婚したければ、聖職を辞さなければならないらしい。
ルーミリン神って名前の響きから女神かと思ってたけど、男神だったんだ。
「ま、そのうち聖帝も懲らしめようと思ってるし、ここに迷惑がかからない限りは居座るつもりさ」
「せ、聖帝陛下を懲らしめるって……」
「アイツは俺たちを騙したんだ。今さら殺そうとまでは思ってないけど、相応の報いは受けてもらうつもりだ」
「あまり変なことをして、キャロルさんを泣かせるようなことはなさらないで下さいね」
「私はハルトさまが罪人として追われることになっても、どこまでも付いていきます!」
「そしたらまたフォルテネシアに行くか」
「はい!」
もっともまた召喚の儀で強制的に召喚されるのは勘弁だからな。少なくともあの部屋はぶっ潰す必要があるだろう。
「それで思い出した。キャロルは俺のことを特別って言ってくれてたけど、そんな風に言われる覚えがないんだよな」
「それは……」
「あの、ハルトさん」
「ん? 何だリリー?」
「それ、聞くの可哀想ですよ」
「え? 俺、何かしてたの?」
「その逆です。何もしてないからです」
「は? 意味が分からないんだけど」
「キャロルさん、言っちゃっていい?」
するとキャロルが真っ赤になって頷きながら、下を向いてしまった。マジで意味が分からないよ。
「それってどう言う……?」
「夢ですよ」
「夢?」
「夢でハルトさんに助けられたんですって」
「はい?」
キャロルがこの教会にやってきたのは今から四年前、彼女が八歳の時だった。
四歳の時に両親が野盗に殺され、幼かった彼女は奴隷商人に売られてしまう。それから四年間その奴隷商に育てられ、いざ奉公人として売られる直前に商人が捕まったのである。
親や自身の意思で働くのは違法ではないが、未成年を奴隷として売り買いするのは違法とされていたからだ。
育てられたと言えば聞こえはいいが、実際の環境は劣悪だったと言う。食事は一日に一度、殴る蹴るの暴行は日常茶飯事だったそうだ。
しかも奴隷商人は狡猾で、傷や痣が残らない、つまり商品価値が下がらないように露出部分を避けて痛めつけていたらしい。
法で定められたまともな扱いを受けられなかった幼い少女が、いつか自分を助けに来てくれる王子さまのような存在を夢見るのは当然と言えるだろう。
しかし現実に彼女を救い出したのは聖教皇国の兵士だった。そして彼女はずっとトラウマを抱えることになる。
「当時は司祭もいましたが、この教会にはほとんどいなかったんです」
オリビアたちは金を持ち逃げした司祭のことを、決して様付けで呼ぶことはなかった。
「残ったのは私たちシスター三人と、あとは子供たちだけです」
「だからまた野盗に襲われたらと考えて不安だったそうです」
「皆殺しにされるか、捕まって奴隷商人に売られるか、どちらにしても怖くて……」
「そこに現れたのが、何だか強そうなハルトさんでした」
「それだけでも私にはハルトさまが王子さまに思えたんです」
「それだけでか!」
「はい。しかも元は召喚された、レベル999の賢者だって言うではありませんか」
聞かれちゃったからな。
「それを聞いたら、傍にいられるだけでよかったのに、居ても立ってもいられなくなってしまって……」
「てことは、俺を好きってわけじゃなくて、王子さまへの憧れ……」
「ち、違います! 最初はそうだったかも知れませんが、ハルトさまはカッコいいですし優しいですし」
「憧れを恋と勘違いしているわけではない、と?」
「はい! ハルトさまのことを考えるだけで胸が苦しくなります。泣きそうにもなります。絶対に憧れているだけではありません!」
勘違いではないというならそれでいい。九つの年の差なんて、二十年もすれば気にならなくなるだろう。俺の両親も七つ離れてたしな。
元気にしてるだろうか。
ともあれ俺たちは出会ってからまだ一週間も経っていないのだ。これから少しずつ互いのことを知って、それでも気持ちが変わらなければ、将来を考えてもいいと思うのだった。