第一話 魔術師と聖教歌
結論から言うと、あれから二日後スリーアイズは無事に討伐された。オルパニーの住民にも被害は出なかったらしい。
ただ軍は相当の犠牲を払ったようで、出兵した百人の兵のうち、帰ってこられたのはわずか三十人にも満たなかったそうだ。
その三十人弱も全員が無傷だったというわけではなく、勇者は治癒師を庇って大怪我を負ったとか。
ま、死なずに済んでよかったとは思う。勇者に死なれたら、俺があのガキ共の面倒を見る羽目になるかも知れないからだ。
冗談じゃねえよ。
それで、どうしてこんな機密情報を俺が知ったのかと言うと――
「へえ、教会に住んでるんだぁ」
その日、教会の集会室を訪れていたのは女子高生、今は元女子高生と言った方が正しいかも知れないが、召喚された魔術師の結城澪、こっちの世界ではミオ・ユウキだった。
勇者レンの傷は治癒師によって回復したが、脳がそれを認識出来なかったのだろう。痛みが続いて動けないらしい。
召喚されて間もないうちは、慣れるまでそんなものだ。俺たちもそうだったからな。
その痛みが恐怖として刻み込まれたら、おそらく彼はもう使い物にならなくなる。もっとも、ラノベ好きを俺にカミングアウトした彼のことだ。そんな心配は杞憂に終わるだろう。
「それで、ヒマになったからこんなところまで遊びに来たってわけか」
「そう! 聖帝に聞いたら、ここにいるって教えてくれたからさ」
「あのジジイめ、余計なことを喋りやがって」
「は、ハルトさん! 聖帝陛下をそのように言われるのは……」
俺の左右にはオリビアとリリーが座って、ミオと向き合っている。
「シスター……オリビアさんだっけ? いいのいいの。アタシもジジイって思ってるし」
「いくら魔術師様でも……」
「きゃはははっ! やめてよオリオリぃ」
「お、オリオリ……?」
「魔術師様なんて言われたらゾワゾワするって。同い年らしいし、ミオでいいよ」
「分かりました。ではミオさん、聖帝陛下をジジ……そんな風に呼ばれるのはさすがに無礼かと……」
「あっはぁっ! 今オリオリもジジイって言いかけたよね?」
「い、言ってません!」
「言ったと思う人ぉ、はぁい!」
このおちゃらけ元女子高生に乗っかるのは釈然としないが、オリビアに先日の仕返しをするにはいい機会だ。俺は無言のまま、肘を伸ばして完璧な挙手をキメた。
するとリリーまでが、俺を見習って完璧な挙手。シスターたちは元々姿勢がいいので、胸が張られていい眺めである。
「ハルトさん、酷いです! それにシスター・リリーも!」
「で、暇潰しはいいが、何か目的があってきたのか?」
「す、スルーですか……」
「あ、それそれぇ。この教会って修理中なんだよね?」
「そうだが……」
「スルーなんですか!?」
「うん」
オリビアはがっくりと肩を落とした。
現在、建物の外では全面修復のため、皇国から派遣された職人たちが、まずは俺たちの仮住まいを建てる工事を行っている。
修復中、万が一の倒壊に備えてのことだった。
一時的な利用なので、子供たち用の十二畳ほどの部屋が一つ。六畳のシスター三人の共同部屋、そして俺の部屋が四畳半といった感じだ。
他に手狭ではあるが集会室もあり、木造の平屋建てとしてすでに柱が立っている。
残念ながら礼拝堂までは考慮されていなかったが。
「でさぁ、あっちの建物って修理が終わったらどうするの?」
「オリビアさん、どうするつもりだ?」
「そうですね。特に使い途は考えてませんが」
「だったらさ、カラオケボックスにしちゃわない?」
「からおけぼっくす?」
「カラオケボックスだぁ?」
何を言い出すのかと思ったらこの魔術師、頭がおかしいんじゃないか。
「機材はどうするんだよ?」
「えっへん! この魔術師ミオ様を舐めるでない!」
「はぁ?」
この後の彼女の説明には驚かされた。なんとカラオケボックスに必要な機材を魔法で作り出せると言うのである。
しかもすでに城内の一室では利用を開始しており、聖帝や宰相までが夢中になっているそうだ。
「しかし曲はどうしたんだ? 通信なんか出来ないだろ?」
「今のところはアタシたちが知ってる曲ばっかり。記憶から読み込んでくれる機能があるんだよ」
「それはまた……」
「誰の記憶かまでは分からないんだけどね、アニソンみたいなのもあったし」
俺には誰だか分かった。それは勇者に違いない。
「他には録音も出来るからさ。聖教歌ってのを生演奏で演ってもらったよ」
「マジか……」
「ハルトさん、お話がよく分からないんですけど……」
「そっか、シスターたちに分かってもらうには……」
「取りあえず作ってみよっか。どこかいい場所ある?」
そして俺たちは礼拝堂へ。レイラと子供たちも加わってきた。
「んじゃ、いっくよぉ!!」
この目は何を見せられているのだろう。ミオがダンスを踊るように腕をしならせクルッとターンすると、まずオーディオラックのような見慣れたカラオケの本体が現れる。
それから高さ六十センチほどのスピーカーが四台。本体に繋がったマイク三本とリモコンが二つ。
圧巻は本体の上に乗った六十インチの液晶ディスプレイだった。
おい、電源は。
「何かかけてほしい曲とかあるぅ?」
「そ、それでは聖教歌を!」
「おっけー!」
さすがはオリビア。そのチョイスはシスターの鑑と言える。
それから間もなく、聖教信者ではない俺でも荘厳さを感じる曲が流れ始めた。
その瞬間、シスター三人は膝をつき、胸の前で両手を握るように合わせて、涙を流しながら聖教歌を歌う。
何と美しい歌声だろう。これまでの彼女たちの行動や言動からは、とても想像出来ないほどの神々しさに溢れている。
そんなシスターの姿を見た子供たちも同じように膝をつき、両手を合わせて祈りながら聖教歌を口ずさんでいた。
そこにマイクなど必要なかった。
液晶ディスプレイには生演奏の様子が流されている。
思わぬ光景を目の当たりにしたせいか、ミオがそっと俺に近づき小声で耳打ちしてきた。
「何かさぁ」
「うん?」
「聖帝のジジイとか、宰相のオッサン見るより心が洗われるような気がするんだけど」
「当たり前だ」
「え? そうなの?」
「あれは全員、俺の家族だからな」
思わず恥ずかしい言葉を口にしてしまったが、何故か彼女は納得したような表情を浮かべていた。