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第五話 麓の集落と消えた村

 可愛い女の子に好意を寄せられて、嬉しくない男なんてそうはいないはずだ。

 何より無防備なのがたまらない。


 これが、本人が自覚するほど周りからちやほやされる日本でのことなら、あざといと警戒するところだろう。


 しかしここは異世界。しかも彼女は孤児で、必要以上に可愛いだ何だともてはやされる環境にはない。

 つまり自然体ということだ。


 しかも性格が柔らかで面倒見もよく、小さな子供たちにも好かれているし、そんな中でもしっかりと芯も通っている。


 これほどの女の子なら、好きになるなという方が無理と言えるのではないだろうか。



 だがそこに一つ、大きな壁があった。

 それは彼女がまだ十二歳の未成年だったことである。



 このボルトエイシア大陸には六つの国があるが、国境を越えて共通しているのが成人と認められる十五歳という年齢だった。


 成人年齢に達すれば結婚も出来るし飲酒も許される。だが未成年の場合は、たとえ未成年同士であったとしてもセックスは許されていない。

 何故なら十五歳未満の場合、妊娠と出産は体に大きな負担がかかるというのが理由だった。


 もちろんこの世界には少年法などというものは存在しないので、子供であっても法を犯せば大人と同様に罰せられる。しかも両親まで同じ罰を受けるのだ。


 ただし未成年者との恋愛自体は禁止されていない。これは王侯貴族が、早い段階から子息令嬢の婚約者を決める風習があるためだった。


 もっともそれは貴族だからであって、一般市民が未成年者と恋愛しているなどと知られれば、法には触れないが世間から冷たい視線を浴びることになる。



 そして俺は現在、絶賛その状態に陥りつつあった。



 キャロルは可愛い。しかも大人びているので、知らない人なら成人していると勘違いしてもおかしくはないだろう。


 しかし皇都のように人で溢れかえっている都市ならまだしも、この辺りは近くの村を合わせても人口は三百人を超える程度。つまり顔馴染みばかりなのである。


 とてもごまかせる状況にはないということだ。


「キャロル、あのさ……」

「何でしょう、ハルトさま」


「いったん離れようか」


「私がまだ十二歳の未成年だからご迷惑ですか?」

「あ、いや、迷惑というわけじゃ……」


「うふふ。冗談です。困らせてすみません」


 言うと彼女はすんなりと俺の腕を解放した。それを見たシスターたちも、ホッと胸を撫で下ろしている。


「ただ、出来れば私のことも少しだけ気にかけて頂きたいとは思ってます」

「分かった。それは約束しよう」


「ありがとうございます! よかったぁ」


「でもキャロルさん」

「何ですか、シスター・リリーさん?」


「一人でハルトさんのお部屋に来るのはダメですよ」

「分かりました。気をつけます。

私もハルトさまを困らせたくはありませんので」


 やっぱりキャロルはいい子だと思う。


 彼女を意識してしまうことになったのは別として、とにかく話は一段落。朝食を済ませてから、俺はキャロルを伴って市場へと向かうのだった。



◆◇◆◇



 時間は少し溯って、ハルトとポピーが薬草採取を楽しんでいる頃のこと。



 市場のあるオルパニーから北へ三十キロほど進むと、高い山々が連なるピエール山脈の(ふもと)にたどり着く。


 その麓には人口わずか二十人ほどの小さな集落ビールがあり、彼らは主に山菜を採って生活していた。


 集落の住人は週に一度、片道二時間ほど歩いて一番近くにあるソハラ村を訪れる。村にやってくる商人に山菜を売ったり、集落に必要な物を買ったりするためだ。



 この村はオルパニーから離れていることもあって、野盗対策のため植樹によって囲まれており、知らないと見つけることすら難しい。

 特に夜は家の灯りが木々に遮られるので、一度や二度来たくらいでは訪問するのはまず不可能だった。



 もちろん、ビールの住人は村の位置をちゃんと知っている。彼らなら夜でも迷うことはないだろう。


 ところがその日は、昼を過ぎても集落から人が来る気配はなかった。普段なら午前中には到着しているので、どう考えてもおかしい。


 途中には大きな河も崖もないので、橋が落ちるとか崖崩れで道が塞がれるなどといった事故も考えられないのである。


 それに彼らにとっては、商人との取り引きが出来ないのは死活問題だ。だからもし売り買いが不要の場合、これまではそのことをちゃんと伝えにきてくれていた。


 そんな事情を知っているからこそ、本来なら昼には帰ってしまう商人も二時間ほど余計に待機していた。



「すみませんね。私はもうこれ以上は待てませんので」


「いんや、こっぢこそわーりなぁ。こったらこと今まで一度もながったんだけんど」


「何かあったのかも知れません。私は帰りますが、手代(てだい)のベルに見に行かせましょう。

ベル、お前はここに来るのは初めてだったが大丈夫だな?」


「はい旦那様。この村の目印となる黒い木もちゃんと覚えましたので」

「ということです」


「そーけぇ? んだば頼んますわ」


「ただ、これからビールを往復すると、陽のあるうちにベルは皇都の店には帰ってこられませんので……」

「分がってるだよ。ウチさ泊めるから心配いらねべ」


「それではゲイブさん、また来週来ます。ベル、気をつけてな」

「はい」


 それまで手綱を握っていたベルと呼ばれた若い男性が御者台から降りると、商人が引き継いでゆっくりと馬車が走り始める。それを見送った彼はゲイブと一言二言交わしてから、馬車とは反対の方向に歩き出した。



 ビールへ足を進めるにつれ、ベルは何か様子がおかしいと感じていた。


 麓付近は木々が立ち並び、道は馬車が一台ようやく通れるほどの幅しかない。その奥には多くの動物が棲息しているのである。にも拘わらず、鳥のさえずりさえ聞こえないのだ。


 時刻は昼下がり。夜行性の動物しかいないなら納得出来るが、この静けさは異様としか思えなかった。


 何かがおかしい。


 言いようのない不安に駆られながら、集落に着く頃には空が赤みを帯びていた。


「こ、これは……!」


 そこで彼は目の前の光景に言葉を失った。


 夕刻のこの時間でも、集落には灯りが灯っている家が一軒もなかったのである。ソハラ村同様、ここを訪れたのは初めてだったが、常識的に考えてこんなことはあり得ない。


 それどころか集落はシンとしており、人の営みがまるで感じられなかった。


「どこかに行っているのかな……ん?」


 それは彼が辺りを見回しながら集落に入ってすぐのこと。一軒の家に泥水が飛び散ったような跡を見つけたのである。


「何だろう、これ……」


 不思議に思って近寄ってみた時、彼の顔から一切の血の気が引いていた。


「血……血だ……」


 そう呟いて後退(あとずさ)ると、何かを踏んで尻餅をついてしまう。そして足許に目を向けた直後、彼はそのまま必死に手足を動かして後ろに引き下がった。


 彼が踏んづけた物、それは肘から先しかない人の腕だったのである。


「ひっ……ひぃぃっ!」


 彼は慌てて体を起こして走り出した。何度もよろけたり転んだりしたが、とにかく誰かに知らせなければならない。


 集落から出る時にふと目に入ったものの中に、資料でしか見たことのない足跡もあった。


「この足跡はまさか! 早く……早く戻って知らせなきゃ……」


 気が動転していた彼は、ソハラ村に寄ることすら忘れてとにかく走った。途中でそのことに気づいたものの、すでに陽が落ちて月明かりだけが頼り。

 しかも早足で歩くのさえ困難なほど息も上がっている。


 とても目印の黒い木を見つけられるとは思えなかったので、引き返すのを諦めたのだった。


 真夜中になってようやく店に着くと、事情を聞いた商人のジョーリが城の警備隊に通報。すぐさま皇国軍は準備を始め、勇者たち四人もそれに参加することとなった。


 ただし暗闇は危険が多いため、出撃は夜が明けてからと決まる。



 そしてその夜、ソハラ村から人の気配が消えたのだった。

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