第四話 大人びた少女と柔らかな感触
作品タイトル長くしちゃってすみません
「分からないのは魔王討伐なんて必要ないのに、どうしてまた召喚の偽を執り行ったんですかね」
「さあな。聖帝は今回召喚された他のヤツらにも、目的は魔王討伐だって言ってたし」
「変ですよね」
「まあな」
聖帝は偉ぶってはいるが、実は臆病者だった。だから北の大陸の魔王を今でも脅威に思っているのかも知れない。
レベルの高い勇者がいれば、国一つ滅ぼすことくらい容易いのである。
「ところで変と言えば、変者ってどんな能力なんですか?」
「変者の最たる能力は、受けたダメージを経験値に変換してしまうことかな」
「ダメージを経験値に、ですか?」
「ああ。転んだり殴られたりしても経験値になる」
ところがこれを説明したところで、シスターたちがニヤニヤし始めた。
おい、待て。
「ということはつまり、ハルトさんをいくら殴っても大丈夫ってことですよね」
「リリー、お前シスターだよな?」
「そうですよ」
「神に仕える者が人を殴るなんておかしくないか?」
「理由もなく、というのであれば主神様の教えに背いたことになるでしょう」
「その通りだ、オリビアさん」
「ですがハルトさんのレベルアップのためでしたら、主神様もお許し下さるはず」
「は?」
「そうです。何も私たちは好きでハルトさんを殴ると言っているわけではありません」
「レイラさんまで……」
オリビアとレイラがもっともらしいことを言っているが、どう考えても面白がってるとしか思えない。
「だいたい俺、殴られるようなことしてないよな」
「何を言ってるんです、ハルトさん?」
「え? 俺何かしたのか、リリー?」
「昨日のこと、忘れたとは言わせませんよ」
「昨日のこと?」
「異端審問を受け入れようとしたことです!」
「ああ、あれはそんなことにはならないと思ってたから……」
「ハルトさんはそうだったかも知れませんが、私たちがどれだけ心を痛めたかお分かりですか!?」
「シスター・リリーの言う通りです。ろくに眠れもしなかったんですから!」
その割にはレイラ、何となくスッキリしているように見えるぞ。
「まあ、仮に異端審問で拷問されても、俺の場合は経験値になるだけだからさ」
「有罪!」
「有罪です」
「有罪ですね」
「ちょ、ちょっと待ってくれってば」
「その異端審問で稼げなかった経験値を、私たちが涙を呑んで稼がせて差し上げます」
「涙を呑むわりにはワクワク顔に見えるんだけど」
「あと、素手だとこちらも痛いのでホウキでタコ殴りにさせて頂きますね」
そう言うとリリーは、壁に立てかけてあったホウキを手に取った。他の二人も同様にホウキを構える。何故この俺の部屋にホウキが都合よく三本もあったのかは謎だが。
「タコ殴りって……いや、だから待ってくれ。経験値にはなるけど痛みがないわけじゃないんだぞ。
それに道具を使うなんて、そこに愛はあるんか?」
「愛がイチバン! 愛FULLです!」
コラ、どっかのCMみたいになってんぞ。
「主神様の深い慈愛を感じます」
「おい、俺は感じられないから」
「問答無用です!」
「だめっ!!」
まさに三人がホウキを上段に構えた時だった。突然俺の前にキャロルが立ちはだかったのである。
俺を護ろうと、両手を広げてシスターたちを睨みつけているようだ。
「キャロル?」
「キャロルさん?」
「シスター、ハルトさまを殴っちゃだめっ!」
「ハルト……」
「さま……?」
オリビアはそう呟くと、ホウキを構えたままリリーたちと顔を見合わせる。いったい何が起きているのか、さすがにこの状況は俺にも理解出来なかった。
「キャロル、どうしてここに?」
「ハルトさまとお話ししてみたくて……」
「俺と?」
「はい。そうしたらシスターたちの声が聞こえたので……」
「もしかしてさっきの話、聞いちゃった?」
「すみません……でも、私も誰にも言いませんから」
聞かれてしまったものは仕方がない。口外しないと言っているのだから問題はないだろう。
「キャロルさん、一人で男性のお部屋を訪ねるのは感心しませんよ」
「シスター・オリビアさん、そう言われるのでしたら、掃除のためのホウキで人を殴ろうとしているのは褒められたことでしょうか?」
「うっ……それは……」
そこでようやく三人が振り上げたホウキを下ろした。
いいぞ、キャロル。もっと言ってやれ。
「私は一昨日のお食事のお礼が言いたかったのと、次の薬草探しに連れていってほしいとお願いをしたかったんです」
「薬草探しに?」
「はい、ハルトさま。ポピーが楽しそうに話してくれましたので」
「なるほど、それでか」
「あの子にあんなに楽しい思いをさせて下さったハルトさまを殴ろうとするだなんて、主神様に恥ずかしいと思わないんですか!?」
「キャロルさん……」
「礼拝堂で懺悔でもしてきた方がいいんじゃないかぁ?」
「そ、それならハルトさんもです!」
リリーの言葉で、俺はシスターたちに無理矢理礼拝堂に連れていかれることになってしまった。
助けてくれ、キャロル。
「さっきの異端審問の件は、私も懺悔が必要だと思います」
「キャロルぅ……」
「うふっ。その後で朝ご飯を頂いて、よかったら薬草探しに行きませんか?」
「しかし薬草は昨日探しに行ったばかりだし、あの辺りはしばらくしないと採れないと思うんだよな」
「だ、ダメですか……?」
「そんな悲しそうな顔をするな。
そうだな、それなら市場に皆の服を買いに行くってのはどうだ?」
「服……」
楽しい思いがしたいと言うなら、別に薬草探しにこだわる必要もないだろう。
それにポピーだけではなく、子供たちの服は汚れてはいないものの繰り返しの洗濯でヨレヨレ。あちこち擦り切れてしまっている物を着ている子もいる。
だから服を買ってやりたいと思ったのだが、自分もそんなボロを着ていることに気づいて、キャロルが恥ずかしそうに身を縮めてしまった。
それを見たオリビアがポンと手を打つ。
「でしたら布を。その方が全員の服を作れますし、教会への寄付としては相応しいと思います」
「シスター・オリビアの言う通りですね。それに子供たちはすぐ大きくなりますので、布でしたら着れなくなってもまた作り直せます」
「お裁縫なら私に任せて下さい!」
オリビア、レイラに続いて、リリーが自信満々に胸を叩いた。
「とういことだが、キャロルはそれでいいか?」
「でも、市場にこの服で行くのは……」
「ならこれを羽織るといい」
俺は空間収納から白いワイシャツを取り出した。初めて召喚された時に着ていた日本製の物だ。こっちの世界の服に着替えた時に放り込んだのである。
そう言えばこの中にはツバサたちの私服もあったな。
アカリやミツキの服ならそのまま着られると思うが、彼らの私物を他人に使わせるのは気が進まない。
だがそれよりも、空間収納スキルを目の当たりにしたリリー以外の三人は、目を見開いて驚いていた。
「ハルトさん、内緒じゃなかったんですか?」
「俺の素性を知った三人には隠しておく必要はないだろう」
「えっ!? シスター・リリーは知っていたのですか?」
「はい。一昨日の買い物の時に」
「さすがに肉五キロと米十キロは重かったからさ」
「ハルトさま、今のは……?」
「ああ、空間収納ってスキルだよ。すごく珍しいからこれも誰にも言わないでくれ」
「すごい……あ、ハルトさまの匂い……」
手渡したワイシャツに袖を通しながら、何故かキャロルがうっとりした表情を浮かべている。
いや、俺の匂いとか言うのやめてくれ。めちゃくちゃ恥ずかしい。
ところでドロシーとあまり変わらない身長百五十センチくらいの彼女には、俺のワイシャツは少々大きかったようだ。
もっとも、袖が余る萌え袖状態なので可愛らしく見える。
ただ、スタイルがよくて胸の発育もいい彼女が着ると、裸ワイシャツというわけでもないのにかなりエロい。シスターたちがいなかったら、思わず抱きしめてしまっていたかも知れないくらいだ。
いかんいかん、たとえ見た目が大人っぽく見えたとしても相手はまだ十二歳の子供だぞ。そんな少女にドキドキしてどうする。
だが、俺の気も知らずにキャロルはトコトコと横に来て、突然腕に巻きついてきた。もちろんブラジャーなど着けていないので、胸の柔らかさが直に近い感触で伝わってくる。
ヤバい、反則だよ。
「えへっ。これなら恥ずかしくないです!」
「キャ、キャロルさん!」
「ハルトさんから離れなさい」
「シスター・オリビアさん、シスター・リリーさんも、どうしてですか?」
「ご覧なさい。ハルトさんのだらしない顔を」
「あ?」
オリビアに言われて、ドキッとした俺の顔を覗き込むキャロル。こちらからすると自然と上目づかいになるので、元々可愛い顔が余計に可愛く思える。
さらにその状態でニコッと微笑んだものだからたまらない。子供だと分かっていても好きになってしまいそうだ。
マズい、これではお巡りさんを呼ばれる事案になってしまう。あ、この世界では警備隊か。
ところがそんな彼女はシスターたちの方に顔を向けてこう言った。
「ハルトさまが私を意識して下さったのなら、むしろ嬉しいくらいです」
その瞬間、俺の中で何かが崩れていく音が聞こえたのだった。
ちょっとだけふざけました。
ごめんなさい。