第三話 自分語りと変者
「ハルトさん!」
「ん?」
「ん? じゃありません! どういうことですか!?」
「どういうことって?」
聖帝の来訪のせいで遅くなった朝食に呼びに来てくれたのかと思ったら、いきなりリリーに怒られた。
一緒に俺の部屋にやってきたオリビアもレイラも怒り眉だ。
「どうして聖帝陛下が謝りに来られたのですか!?」
「聞きたいのはそれ?」
「もう! 茶化さないで下さい! シスター・オリビアからも何か言って下さいよ!」
「ハルトさん、落ち着いて聞いて下さい」
「いや、俺は初めから落ち着いてるけど?」
「ぐっ……ど、どうしてハルトさんが異端審問に呼ばれることなく、アシエル司教様が厳重注意となり、この教会の補修まで決まったのか。
そしてそれを伝えに来たのがどうして聖帝陛下だったのか。私たちに分かるように説明して下さい!」
長台詞お疲れさま。
しかし分かるように説明か。
ま、しばらくここで生活すると決めたんだし、この三人なら口外するなと言えば他人には黙っていてくれるだろう。
それにこういうことは時間が経てば経つほど、後になって知らされた方がわだかまりが残るというものだ。
まだ知り合ってから三日だが、いいタイミングかも知れない。
「分かったよ。オリビアさん、レイラさん、それにリリー」
「はい……」
「これから話すことは多分、すぐには信じられないと思う」
「でも、本当のことを話して下さるんですよね?」
「ああ。だが誰にも言わないでほしい」
「分かりました。主神様の名の下にお約束します。シスター・リリーもシスター・レイラも、お約束出来ますね?」
「はい」
「主神様に誓って」
「まず俺は……」
今から二年ほど前、俺は日本から召喚の儀によって、この神聖ルーミリン聖教皇国に召喚された。
その時、同様に召喚されたのは全部で五人。
勇者の称号を得たツバサ・クルス。
戦士の称号を得たカズマ・モトミヤ。
魔術師の称号を得たアカリ・ミナセ。
治癒師の称号を得たミツキ・アマミヤ。
そして俺は賢者の称号を得ていた。
賢者の最大の能力は、殺されても死なないことにある。
たとえ首を落とされても脳を撃ち抜かれても、その魂が命をこの世に繋ぎ止めるのだ。
そして物理戦闘力は戦士に迫り、魔法戦闘力は強力な魔法を使う魔術師に匹敵する。治癒魔法に至っては、治癒師には不可能な病気の治療にも効果を発揮した。
さらに空間収納スキル、索敵スキルや結界スキルに加え、味方の攻撃力や防御力を底上げするバフスキル、敵の攻撃力や防御力を下げるデバフスキルなど、使用出来るスキルも多岐に渡っていたのである。
「そんな……それって無敵じゃないですか!」
「そうだな、リリー。俺がその気になれば国一つくらい潰せるだろう。もっとも今はレベル3だから無理だけど」
「だから聖帝陛下はハルトさんを蔑ろに出来なかったんですね」
「俺を異端審問にかけると聞いて、青くなったんじゃないか」
召喚された俺たち五人は、元の日本に帰すことを条件に魔王討伐を依頼された。しかも召喚によって得た能力は、日本に帰ってもなくなることはないときたもんだ。
勇者ツバサの戦闘力は物理も魔法もずば抜けていたし、戦士カズマは自衛隊に所属していたから天職と言えるだろう。
魔術師のアカリは代々奇術師の家系で、治癒師ミツキは医師を志していた。
いずれも日本に帰れば、大きな成功を約束されたようなものだったのである。
「それじゃ、魔王討伐の話にも乗りたくなりますよね」
「ああ」
「でもその魔王ってどんな相手なんですか? 私は初めて聞いたんですけど」
「私も知りません」
リリーが言うと、レイラも頷きながら同意していた。
「魔王はこのボルトエイシア大陸から海を渡った北の大陸、ゼムランドリアを治めているんだ」
ゼムランドリア大陸は峻厳な山々と深い森が多くを占めるが、そこにはエルフ族や多種多様な獣人族も暮らしていた。もちろん人族もいる。
だが、大陸で暮らしている主な種族は、魔族と呼ばれる者たちだった。
ただし魔族は持っている魔力が膨大というだけで、他種族を征服したりということはない。むしろ助け合って生きているほどだった。
そんな魔族の王が魔王なのである。
「わざわざ海を渡ってやってきた俺たち五人を、魔王は歓迎してくれたよ」
「そんな……」
「しかもゼムランドリア大陸に棲む魔物も討伐して進んだからね。感謝までされたんだ」
「悪い人じゃなかったんですね」
「討伐する必要なんてなかった。いつでも遊びに来てくれなんて言われたしな」
結局魔王討伐の依頼は、聖教皇国が得体の知れない魔という言葉に惑わされたためだったのである。
ゼムランドリア大陸から帰還した俺たちはそのことを聖帝に告げ、日本に帰してもらうことになった。ところが――
そもそも召喚の儀とは、どこか分からない異世界から特別な称号を持った者を呼び寄せるためのもの。故に元の世界の元の時間に戻すなんて不可能だったのだ。
俺が二度目の召喚に巻き込まれたあの時、聖帝はこう言った。
「魔王を倒してくれた暁にはそのニホンとやらの元いた場所、元いた時間に帰すことを約束しよう」
ニホンとやら。つまり帰す先のことなど知らなかったのである。
だが、俺たちは日本に帰れることを疑わなかったため、俺を除くツバサたち四人は送還の儀で、まんまと別の世界に飛ばされてしまったのだ。
「どうしてハルトさんは飛ばされなかったんですか?」
「いや、確かに飛ばされたんだけどね。気づいた時にはフォルテネシア王国にいたんだ」
「え? なら他の人たちもどこかに……」
「俺がこの世界に残れたのは賢者の能力、魂が命をこの世に繋ぎ止めたからなんだ」
「この世……この世界にってことですか?」
「そうだね」
「でも酷い! ハルトさんはよく聖帝陛下を許せましたね」
「許しちゃいないさ。ただ、俺がその真実を知ったのはほんの一月くらい前だったんだよ」
単に送還の儀が失敗して、この世界に取り残されたんだと思っていた。そういうこともあると、事前に説明されていたからだ。
儀式はそう何度も行えるものではないとも。
帰らずにこの世界で暮らすなら莫大な報酬を与えると言われたが、俺たちは帰ることを選んだ。その結果なのだから仕方ないと考えていたのである。
それに俺はこの世界に残っても生活に困ることはなかった。
送還の儀によって、それまで999だったレベルは1になってしまったが、空間収納にはゼムランドリア大陸で狩りまくった魔物の素材が文字通り山のように入っていたからだ。
他大陸の魔物素材は珍しく、フォルテネシア王国のラードで高値で売ることが出来た。俺は一夜にして巨万の富を得ることになったのである。
それが口座にあったおよそ金貨約七万枚分の預金というわけだ。
「レベルは1になっても賢者だった時のスキルは使えたしね。レベル制限はあったけど」
「レベル999の賢者……想像がつきません」
「それに称号なんていうのも初めて聞きました」
「私たちにはないものですからね」
シスター三人はそれでも、俺の話を疑っている様子はなかった。
「で、送還の儀のお陰で得た称号が占者」
「センジャ?」
「占い師みたいなものらしい。ある程度先を見通せるとかね」
「それって凄くないですか?」
「多分ね。でもレベル上げる前にまた召喚に巻き込まれちゃったから、ほとんど占者の能力は使えないんだよ」
「何か残念ですね」
「あははは……」
そうなんだよなぁ。占い師とは言っても称号だから、レベルアップすればむしろ預言者に近い能力を発揮出来たんじゃないかと思う。
当たる当たらないじゃなく、本当に未来を見通せるとなると商売すればウハウハだったはずだ。
賭け事だって負けることはなかっただろう。
しかし実際は、ちょっとした予感が当たる程度にしかならなかった。それも強烈な予感だけ。
「それでハルトさん、今までのお話からするとまた別の称号を得たってことですよね?」
「その通り。リリーは飲み込みが早いね」
「えっへへぇ」
「それも教えて頂けるんですか?」
「もちろんだよ、オリビアさん。俺の今の称号は変者だ」
「ヘンジャ?」
「変な人ってことですか?」
「リリー、さっきのは取り消しだ」
「えー、酷いですぅ」
「誰が変な人だよ!?」
思わずそう叫ぶと、リリーだけではなくシスター三人が無言のまま俺を指さすのだった。




