幕間 銃慈と頸桐
「お疲れっスー……」
談話室でいつも通り談笑していた二人に労いの言葉を掛ける。二人から返ってきた同じ言葉を耳に入れながら、銃慈の正面に来るように統心と一つ空いた席に着く。
トレーニングルームでの出来事から一日が経った。あの問答の後、円火はしばらく頭を悩ませてはいたが結局開花まで至ることはなかった。部屋まで送っていった時、最後に見た彼女は大して気にしていないように振舞っていたが、心の中はぐちゃぐちゃだろう。翌日はできるだけ休むようにと言いはしたものの、彼女がそれを素直に守っているとは思えなかった。
「で、どうだった?」
統心が頬杖を突いたまま、にやにや笑いながら漠然とした問いを投げかけてくる。十中八九円火のことだな、と察しをつけながら、一応礼儀として「何のことっスか?」と訊き返す。
「あのコと濃密な時間を過ごしたんでしょ?何か感じることはなかったの?」
やはり予想通り彼女のことだった。銃慈はこの話題に何を思うか気になって、正面に座っている銃慈の顔をちらっと見るが、相変わらず何を考えているのか良く分からない表情のままコーヒーが入ったカップを傾けていた。
「ソウっスねえ……。ま、ちょっと変わってるけど良い子っスよ。素直だシ何より熱意がある。少し人付き合いは苦手みたいっスけど、任務に支障を来すほどじゃないっス」
わざと少し話をずらし、ある程度言葉を選びながら評価を述べる。彼女を見て感じたことなどあまり人に言いふらすようなことではない。銃慈はともかく、聞けば統心は何をするか分からないし、何より心を痛めるだろう。僕なりの気遣いだった。
「んー、つまんないなあ。頸桐くん21歳でしょ?せっかく可愛くて若いコと二人きりなんだから、もうちょっとガツガツいけば良いのに」
どうやら期待していた回答ではなかったようで、統心ががっかりしたふりをする。彼女も本当はこんな言動をする性格ではないのにキャラが板についてきたな、と少し感慨深くなる。
「赤燎に手出すような奴じゃないのは統心が一番分かっているだろ。それに、頸桐は年上が好みだ」
やや場違いな感慨に浸っていると、コーヒーを味わっていた銃慈がフォローを入れてくれた。要らない情報を投下しながら。思わず、銃慈の方へ顔を向ける。わかりにくいが、彼の口角は少しだけ上がっていた。統心がいる
前でその爆弾投下は色々とまずい。話を逸らすべきだと口を開きかけた時。
「そういえば統心。お前そろそろ時間だろう、行かなくていいのか」
まさかの方向から助け船が出された。はっと統心は腕時計を確認すると、「行ってきます!!」と叫びながら慌てて談話室を出ていった。
「どういうつもりっスか、銃慈サン」
統心の足音が完全に聞こえなくなるまで待ち、口を開く。銃慈はカップを受け皿に置くとふっと笑った。
「すまん、ちょっとした悪ふざけだ。時間が迫ってたのは分かってたからな。どうせ任務終わりには忘れているだろうし、これくらいは良いだろう?」
「いやまあ、別にいいっスけど……」
銃慈は完全な仕事人間かと思えば、たまにこうして茶目っ気を見せてくる。感情を見せないかと思えばだだ漏れなこともある。相変わらず良く分からない人だな、と心の中で呟き、本題に入る。
「今の、それだけじゃないっスよね。僕のために二人きりにしてくれたんでショ?」
銃慈はその発言に戸惑うこともなければ、驚く素振りも見せなかった。それは暗に肯定を示していた。この人はいつもこうだ。一番良い、もしくは嫌なタイミングで人を見透かしたような行動を取る。
「赤燎のことだろう。何を見た?」
だからこうして、嫌な瞬間に核心を突くような質問ができる。
「……纏わりつく闇と、燃え盛る炎。ソレだけっス。彼女の中にはソレしかありまセン」
思い出すだけで心がざわつく。彼女の目と心の中の景色は生きる者のそれではない。地獄から這い出てきた亡者のようなおぞましさ。あの子は、あの若さで自分を捨てている。
「だろうな。彼女に何があったかは知っているが……。それでも、あの在り方は異常だ。彼女の能力は見たんだろう?」
「はい。……正直、信じられなかったっスけど。彼女の能力は『怪力』なんかじゃない。『変換』デスね?」
銃慈が軽く頷く。彼が円火と共にいた時間など一時間に満たないだろう。判断材料は限りなく少ないはずだが、当然のように本質を見抜いていることに舌を巻く。
『変換』とは、特定のモノを消費することで己の力に変えることができる能力のことだ。金、コレクション、血、記憶、感情。何を消費するかは人によって異なる。類似した能力も多く見受けられるため、『変換』自体は特段珍しい能力ではない。珍しい能力ではないのだが。
「『変換』は何かを消費シなければ使えない。更に維持スルにもコストがかかりマス。にも拘らず、円火ちゃんの能力は常に発動シテいる」
銃慈も何を言おうとしているかは察しがついているだろう。それでも彼が何も言わずに次の言葉を待っているのは、僕に気を遣っているのか。それとも、単に口に出したくないからだろうか。
「つまり、彼女は常に怒っている。いや、何かを強く憎んでいマス。能力を維持し続けても有り余るほどの激情をその身に宿シテいる。……やりきれないっスよ」
恐ろしく、酷く哀しい話だ。彼女は憎むことが日常の一部となっている。呼吸をするように憎み、食事をするように怒る。それも、表に出すことなく。能力では消費しきれないほどの激情を四六時中その身に抑え込んでいる。どんな人生を歩み、経験を積めばああなるのか。
「だが、それも赤燎が選んだ道だ。例えその終着点に破滅が待っていようと、彼女も承知の上だろう」
彼はなんでもなさそうにそう言うと、カップの底に残ったコーヒーを飲み干した。銃慈の言う通りだ。彼女は目的を達成するためならどんなこともするだろう。しかし、結果がどうであれ全てが終われば彼女は燃え尽きる。そこに後悔など微塵も残らないとしても、それはあんまりだ。
「ソレでも……。円火ちゃんには、ソウなって欲しくないっス。憎悪だけの人生なんて……」
救いがなさすぎる、と続く言葉を飲み込む。この場に円火はいないし、仮にいたとしても気にも留めないだろうが、それだけは言ってはいけない気がした。
「なら、俺たち大人が教えてやれば良い」
目を伏せた僕は、その一言にはっと顔を上げる。そこには、穏やかな微笑を湛えた銃慈がこちらをまっすぐ見据えていた。
「復讐自体を否定することはない。ただ、それはゴールじゃなくスタートなんだ、と。人間五十年というだろう、人生のことを何もわかっていない世間知らずのお嬢様に生きる喜びを教えてやろうぜ」
この人は、本当に良く分かっている。心を見透かされているような気分になる。だから僕は、この人のこういうところが少し苦手だ。
「っ……!!はい!!」
しかし、それ以上に好ましく思ってしまう僕がいるのも事実だった。
人の人生に干渉する。以前の僕なら考えもしなかったことを、今の僕は行動に移そうとしている。人は変われることを僕は知っている。死人のような彼女が、ここの生活でどんな変化をするのか。運命は神のみぞ知るというが、それでも未来に想いを馳せざるを得なかった。




