七話 竹(武)視点 後悔
クズ男ことお父さん視点です。いや、視点……ではなかったですね。すみません。
最後の悪足掻きとばかりに好感度を上げに来ているつもり……らしいです。私は知りません。
午前五時頃、マンションのある一室に、一人の男の笑い声が響いていた。
「ハハッ、ハハハッ……」
どこか乾いたものを感じさせるその笑いは、ただただ不気味だった。
そして、その男――小鳥遊竹――は偽名で、本名は中田武――の隣で、茶色の熊の、お腹がぱっくり割れ、そこからナイフが飛び出しているぬいぐるみが、静かに武のことを見つめていた。
「ついに、達成した……」
武はそう言うと、ふらふらと自分が愛用しているパソコンの前に行き、家族の死体……妻の、花夜や汐里の死体がうつされている画面を見た。それは、ぬいぐるみに内蔵されてたカメラからの画像を、パソコンに転送したものである。そのぬいぐるみも、ある計画のために、武が何年もの月日をかけて改造したものだ。
だが、武がその死体を目に移した時感じたのは、達成感と喜びではなく、何故か喪失感と後悔だった。
武は、そんな自分の中の感情に戸惑い、その理由を見つけようと、花夜と出会ったあの日のことを、思い出していた。
☆☆☆☆☆
武と花夜が出会った場所は、ありふれた婚活パーティーの会場のホテルだった。
男女五十人ほどが参加する婚活パーティーで、武は花夜に声をかけたのだ。
中田武は、犯罪歴のある男だった。
金欠で、生きていくにも困難なほど金に困っていた武は、元から得意だった話術で結婚詐欺をした。
百人もの女性を騙し、総額五千万円を騙し取った男として、しばらくの間世間を騒がせた。
すぐに捕まり、実名が晒され、顔がSNSに拡散された。
懲役三年が経ったが、前科のある武を雇ってくれる店など当然なかったため、武は改名した。
本名を組み替えて、『中田武』から、『小鳥遊竹』に。
半年が経った。そして、またもや、武は再び、金欠になってしまったのだ。
そこで考えたのが、また、『結婚詐欺』をする、だった。
成功体験で調子に乗っていたのかもしれない。
困っていて、現実が見えていなかったのかもしれない。
それでも、以前すぐに捕まったことを忘れて、武は近くの婚活パーティーの会場に飛び込んだ。
そして、そこで武は花夜に目を付けたのだ。
簡単に引っ掛かりそうな、チョロい女だと思い、声をかけたのだ。
話してみて、すぐにこいつを騙そう、と決めた。
低収入だったのに、騙しても得なんかほとんどないのに、武は花夜を選んだ。
最初は、すぐに騙して金を取るつもりだった。
子供をつくるつもりなんてなかった。
けれど、花夜の隣が、心地よくて、楽しくて、計画を先延ばしにしていた。
家族を殺して、金を取って逃亡するという、今考えれば全く上手くいくはずがない、またすぐに捕まるだけだという、愚かな計画を。
なぜ殺そうとしたのかは、わからない。
もし再会して、未練が残るまま、何もできない、なんてことにならないようにという、無意識のうちの行動だったのかもしれない。
ぬいぐるみが動き出すスイッチにつながっている、自分のパソコン。
武がそのエンターキーを押すだけで、ぬいぐるみは動き出し、家族は死ぬ。
汐里がぬいぐるみを抱いて眠っている時でも、花夜と汐里、那奈がぬいぐるみとごっこ遊びをしている時でもよかった。
だが、武の指は、いつもキーを押す寸前で止まる。
ただ自分がキーを押すだけで、計画は成功するというのに、武の指は何かを躊躇い、いつも止まってしまうのだ。
だから、家に仕掛けてあった監視カメラから、花夜と汐里のトラブルを見て、今こそ実行する時だ、と思い、エンターキーを押した。……押して、しまった、のだ。
汐里の存在は、誤算だった。
汐里の母親は、前騙した百人の女のうちの一人で、美人で気が利く、いい女だった。
汐里の存在を知った武は、証拠隠滅のため、汐里を引き取った。
知らない場所に連れてきてこられて不思議そうにしている汐里の表情と、汐里の存在を知った花夜の複雑な、必死に何かを受け入れようとしている表情は、今でも忘れられない。
無邪気な那奈の笑顔も、
自分が計画を成功させるためにおくったぬいぐるみを抱いて笑う汐里も、
ころころと表情の変わる自身の妻も、
全て失われてしまった。
―――――――――――自分で、殺したのだ。
☆☆☆☆☆
リビングに転がっている那奈と、画面に映っている汐里や花夜の姿を見て、武は気づいた。
家族を失ってから、自分で殺してから、やっと気づいたのだ。
家族のことが、汐里のことが、那奈のことが、花夜のことが、武の中では大切な存在になっていたことに。
殺そうと思っていた家族を、いつの間にか愛していたことに。
だが、今更気づいてももう遅い。
日の出の光が差すマンションの一室に、男の後悔にまみれた嗚咽の音が響いていた。
そしてその男の横には、男の娘達が愛したぬいぐるみが、静かにその様子を見つめていた。
これで完結です。
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短編、『独占欲強め系女子と不憫すぎる宮本くん』を投稿しました。お読みいただけると幸いです。
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