六話 汐里視点 わたしが見た走馬灯は
汐里視点です。
ついに、全員……。
「はっ、はっ、はっ……」
夜、静かな住宅街にわたしの荒い息の音が響く。
息切れなんかもうとっくにしていて、今は、苦しいよりも、どうチャルンから逃げ切るかを考えていた。
……わたしの少ない体力で、機械にどう逃げ切るの?やっぱり、家に逃げこむ?……でも、家にはお父さんが帰ってきているかもしれない。お父さんは、直接自分の手を汚すような人なの?
わたしは、家に帰ることにした。
お父さんが帰っていないと、直接自分の手を汚す人じゃないと、その一抹の希望にかけて、わたしは走る。
……わたしは、そんなにお父さんから嫌われていたの?
……殺すなら、なんで子供なんか作ったの?
……お父さんの、本当の目的はなんなの?
全部、全部、わからない。
☆☆☆☆☆
わたしは、チャルンから逃げながら、昔のことを思い出していた。
これが、走馬灯というやつなのかもしれない。
一歳くらいの頃、お母さんだけどお母さんじゃないお母さんに抱っこされて、「あの男の子どもなんて産むんじゃなかった」「貴女のせいで、貴女の父親のせいで、私は全財産を失ってしまったのよ」「私はもう結婚できないのよ」などの言葉を、延々と繰り返し、刷り込むように言われる記憶が、薄っすらと残っている。
二歳くらいの頃、今はよく知っている、だがその当時は知らなかった家に連れていかれて、「今日から貴女は私の家族よ」と、どこか複雑そうな顔で言うお母さん。
三歳の時、初めて出来た妹。あの時はまだ妹とかよくわからなくて、きょとんとしていたのを憶えている。
五歳の頃、家族でピクニックに行った時、言われたわたしの出生の秘密。あの時は幼くて理解していなかったけれど、だんだんと成長するにつれ、意味がわかって、那奈と自分を比べて、とても悩んだこと。
いつも、辛いときはチャルンがそばにいて、支えてくれていた。
いつも、お母さんは、那奈とわたしを異常なくらい平等に扱ってくれていた。
いつも、那奈は、わたしに無邪気に笑いかけてくれていた。
いつも、いつも、いつも……。
けれど、その思い出の中心に、いつもお父さんはいない。ただ、一歩引いた位置から控え目に、微笑んでいるだけだ。
そんな走馬灯を見て、ふと思ってしまった。
家に帰って、思い出のないお父さんに殺されるのよりは、最愛のぬいぐるみに殺される方がまだマシなんじゃないか、と。
最期を、チャルンと過ごす方が、わたしは幸せなんじゃないか、と。
そう、思って、しまった。
家まであと100mを切った時、わたしは力尽き、最愛のぬいぐるみに殺された。
読んでくださってありがとうございます。
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次話の、お父さん視点で、完結です。