二話 汐里視点 そこで見たもの
ソフトですが流血表現があります。
言い忘れてかもだけど、今は夜だ。たまたまごっこ遊びでつけていた腕時計を見ると、八時五十八分。今は夏の終わりで、当たり前だけど寒くて暗いわけで。
「寒ぅ~~~~~~っ」
夜にチャルンを奪ったお母さんを追いかける。それがどれだけ無謀なことか、さっきまでわたしは理解していなかった。急に飛び出したから、ダウンやジャンパーなんてものは存在しない。自分の無計画さに歯嚙みした。そして、最後に、致命的な点があるのだが、まあそのうち分かると思う。
お母さんが走る道はどんどん人気がなくなってきている。
そうすると自然に街灯が少なくなってきて、足がもつれてくる。
最後の致命的な点……、それは……全く自慢にならないけれどわたし、体力がない。
具体的に言うと……体力がないというか、体育は全てにおいて平均もしくは平均以下。
50m走は今年、小五の時に計ったタイムは11秒ちょうど。体力はもちろんなくて、なわとびはまあまあだけど歴代の体育の通知表は奇跡のオール三。
うん、終わった……。何を言いたいのかというと、チャルンへの気持ちはあっても、それに見合う体力がない。
さらに言うと、もうすぐ体力の限界。
けれど幸か不幸か、小鳥遊家の体力のなさは親から子へと遺伝したようで、お母さんも息切れしている。
前を走るお母さんとの距離が1m、2mと縮まってくると同時に、チャルンへの思いとお母さんへの怒りが積もってくる。
「チャルン、待ってて!すぐに迎えに行くよ!」
……お母さん……なぜわたし達の嫌がることをするの?
頭ではそれがお母さんなりの愛情だと分かっていても、チャルンへの思いは止められない。約七年間、チャルンと一緒にいたわたしのチャルンへの愛をなめてはいけない。
……お母さん、許せない。
そう、それはわたしが自分の感情のコントロールを出来なくなっていた時だった――
――それは本当に一瞬の出来事だった。
――何が起こったのか分からない、これ以上見たくないと思う反面、瞼は瞬きを忘れたように動かない。
――さっきまでお母さんへの怒りで満ちていた私の心が一時停止し、心の中に感情が一切なくなる。
わたしは空っぽの心でお母さんを見つめる。
――時間が止まっていたようにも感じていたわたしの心は、足元に血飛沫が飛んできた瞬間に慌てて動き出した。
わたしは状況を理解しようと改めて前を向く。そこには、わたしが理解したくない光景が広がっていた。
一番に目をひくのは、お母さんが倒れてけがをしている姿。すり傷とかじゃなくて、心臓やお腹、右腕、左足にナイフで深くえぐられたような傷がある。医療に全然詳しくないわたしでも分かるような瀕死状態。
辺りにはかなり広範囲にお母さんの血飛沫が飛んでいる。
次に、お母さんの腕に抱かれていたはずのチャルンの姿。一番近くにいたはずのチャルンの体には、不自然なほど血が飛んでいない。そして……チャルンのお腹がぱっくり割れ、中から鋭いナイフが出ている。
……まさか、チャルンが殺ったの?
嫌な考えがわたしの頭の中をよぎる。
有り得ない、と心のどこかで思う。チャルンにそんな能力はないはずだ。けれど、その、“嫌な考え“に納得してしまっている自分もいて。
わたしが顔を上げると、お母さんが少し動いた。それと同時にわたしの心に後悔が広がっていく。
「……おり、汐里。ごめんね。私が平日に、二人がいない時に捨てに行けば良かった。そうしたら私一人の犠牲で済んだかもしれないのに。汐里や那奈につらい思いをさせずに済んだかもしれないのに。不甲斐ない親でごめんね」
お母さんが目に涙を溜めながら言う。
お母さんは素直で、真面目で、優しい人だ。……わたしなんかとは違って。
「お母さん、もうやめて!お母さんが疲れるじゃない。わたしのせいだよ。わたしがチャルンを気に入らなかったらっ……!」
わたしの頬を涙が伝う。
「お母さん、ごめん。さっきお母さんに怒ってごめん。チャルンを気に入ってごめん。成績が悪くてごめん。体力がなくてごめん。親不孝な子でごめんなさい」
しばらくわたし達が泣いていると、不意にお母さんの目がすっと厳しいものに変わる。
「汐里、聞いておきなさい。私はもうすぐ死ぬわ。私を殺ったのは、汐里が思っているようにあのぬいぐるみよ。けれど、いくらAIだからって、人を殺せるわけじゃない。裏で操っているのは……黒幕は、いつも人間よ。……………………私の犯人の目星は……」
お母さんの犯人の目星を聞いたわたしの頭の中は真っ白になり、辺りが急に暗くなったような気がした。
おかしいところや矛盾しているところ、誤字脱字があれば報告してもらえると嬉しいです。
どうでもいい話ですが、愛媛県に行きたいです。温泉に入りたいです。