一話 汐里視点 わたしの大事なぬいぐるみ
初投稿です
わたしには、宝物がある。
小さい頃から家にいる、目を閉じたり開けたりしゃべったりする、とっても可愛い、くまの着ぐるみを着たわたしの妹、チャルン。
チャルンもふもふしている。とても可愛い。……可愛い♡
チャルンが目を開けて、
「くぅ~~~~ん」
と泣いた。
目を開けたチャルンも可愛い。って、
「ちょっと、那奈!家の中で走り回らないで!……チャルンが起きちゃったじゃない」
妹の那奈もチャルンのことが大好きだ。
けれど、那奈という名の無自覚暴力生産機は手加減を知らない。チャルンを抱きつぶしたり、蹴っ飛ばしたり、高い高いをすると言って投げて落としたりする度にチャルンが可哀想で泣きそうになってくる。
「えっ?チャルン、起きた?見せて見せて!」
那奈がバタバタと足音を立ててこっちに来た。ヤバい、無自覚暴力生産機が来た。チャルンがめちゃめちゃにされる。
わたしと那奈がチャルンの取り合い――……もとい、那奈からわたしがチャルンを守っていると、別の部屋にいたお母さんが部屋から出てきた。
「汐里、那奈、静かにして。………………また、そんな得体の知れないものを取り合ってるの?そんなものでけんかするなら、お母さんが遠いところに捨てに行くわよ」
静かだが背筋が寒くなるような低い声でお母さんがそう言って、ツカツカとこちらに歩いてくる。
悲報:お母さんの中でチャルン=得体の知れないもの=そんなもの=人間じゃなくてもの、らしい。
そうでは……あるわ。じゃなくて。話が逸れた。
普段は温和で優しいお母さんがここまで怒るのには理由がある。チャルンは、わたしが三歳くらいの頃に家のポストに差出人の名前無しで入っていたのだ。両親は不気味がって捨てようとしたけれど、運の悪いことに私はチャルンをとても気に入ってしまった。
それがお母さんなりの優しさであることは心のどこかで理解しているけれど、それでも、こんなに可愛い子を捨てようとするなんてひどすぎる。
お母さんは、わたし――正確にはチャルンに近づくと、チャルンを無理矢理ひったくった。
「「チャルンっっ!」」
わたしと那奈の声が重なる。
お母さんはチャルンを持って玄関へ向かった。
……嫌な予感がする。
そう思って、わたしはお母さんを追いかける。
お母さんは靴を履いて外に出た。
わたしも慌てて靴を履く。
「お姉ちゃん!」
いつもは鬱陶しく感じる那奈の声が、瞳が不安で満ちていてわたしの心はなぜか那奈への愛おしさで満たされる。そっち側に行きたい、外に出たくないという気持ちがわたしの心を揺らす。けれど、わたしにはやらなければならないことがある。歯を食いしばって、わたしは自分の気持ちを抑えた。
「那奈、大丈夫。もうすぐお父さんが帰ってくるから。わたしも、チャルンを取り戻してすぐに戻るよ」
本当に大丈夫だと聞こえるように、余裕のある優しい声を出す。
仮にも大事な妹なのだ。わたしにだって、姉心くらいはある。いくらチャルンが好きだからって、那奈への愛情に影響を及ぼすわけがない。
もしわたしに何かあっても、この子だけは守らなければいけない。それが、たとえ半分しか血がつながっていなくてもわたしの妹である那奈を守ることが、姉であるわたしの役目だから。
チャルンはぬいぐるみです。
『泣いた』とありますが、主人公はチャルンを人として認識しているヤバい人ということで、スルーしてください。