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第零話 ことのはじまり

「仕事が見つかりました」


「へぇ…………」


 町のほぼ中央に位置する大衆食堂。

 その窓際の小さなテーブルに、二人の男女が向かい合って座っていた。


 片方は線の細い男。

 うなじにかかるほどの長さの黒髪は、毛先のほうだけ赤色に染まっており、グラデーションを描いていた。

 テーブルの上の皿を見つめる紅い目は鋭く、しかし柔和な表情のせいでキツい性格をしているようには見えない。

 長いまつげやきゃしゃな体つきのせいでどこか女性らしく見える青年である。

 身にまとうのは黒いローブ。立てかけてあるのは先端に赤い宝玉が埋まった杖。

 どうやら、彼は魔法使いであるらしい。


 その男と向かい合うのは一人の女だった。

 線化まで伸びた細い絹糸のような金色の髪は緩くカーブしている。

 整った顔に浮かぶのは冷徹な表情だった。

 だがそれ以上に特徴的なのは彼女が身にまとう豪奢な鎧だった。

 

「……メル、僕は仕事が見つかったと言ったんですよ?」


 女――メルというらしい――からの反応が芳しくなかったことに男は眉をひそめ、言葉を紡いだ。見た目にあった女性的な声である。


「聞いてるから同じことを繰り返さないでくれる、ヒュト。……………………は?」


 くるくるくる、とスパゲッティーに神経を集中させるメル。

 そのせいか男、ヒュトの言葉にすぐに反応できなかったらしい

 数秒間をおいて、そこで初めてメルは表情を変えた。……と言っても僅かな変化だったが。

 ほんの少し目を丸くし、くるくるとスパゲッティを巻き取る手を止め、まじまじとヒュトを見つめる。

 その視線を、ヒュトは完璧に無視して、スパゲッティを指差した。


「メル、それいらないならください」


「いらなくないわ」


「メルは食いしん坊さんなんですね」


「食いしん坊はヒュトでしょう」


「確かにメルは坊ではありませんね」


「そういうことじゃないのよ」


「食いしん嬢?」


「ゴロはいいのに響きは微妙ね」


 こくん、と首をかしげるヒュトにメルは言う。

 とそこで、我に返ったようにメルが机を叩いて立ちあがった。


「って違うでしょう。違うでしょう」


「ん? 食べてもいいんですか?」


「駄目だと言っているでしょう。それよりおかしいわ」


「なんですか? 僕おかしなことでも言いましたか?」


「言ったわよ。おかしいじゃないなんであなたが就職できるのよ」


「おかしくないですよ」


 ぷくぅ、と頬を膨らませるヒュト。


「おかしい。天地がひっくりかえってもあり得ないことだわ」


「天地はひっくり返りませんよ?」


「なら星が落ちたらにしましょうか? 星は落ちるけれどそれ自体おかしいことだけれど。あなたが就職ってそれ以上におかしいのよ」


「確かに落ちますが、おかしくないです。星が落ちるのも僕が働くのも。メルはこんなまじめな僕が働けないほうがおかしいと思いませんか?」


 じぃ、と見つめあう、もといにらみ合うヒュトとメル。

 視線の応酬ののちメルはふい、と視線を落とし、ため息をついた。

 

「まあ、好きにすればいいわ。どうせ雇用主も相当な変人なのでしょう」


「ん? どうしてそんな他人ごとなのですか」


「他人のことですもの」


「あれ? あれれ? メルも一緒に来るのですけど?」


「はぁ……はぁ?」


 ニコニコと笑うヒュトに、メルはフォークをつかみつきつける。

 

「なにを……たくらんでるの?」


「幼馴染のよしみです」


「あなたと馴染んでいるつもりはないわ」


「幼馴染まずということですか」


「今度はゴロすら最悪ね」


「メルの評価は厳しすぎます」


「あら、私は蜂蜜のように甘ったるいと評判よ」


「アナ……フィ……キ……? ラシー? で死んでしまいそうです」


「知ったかぶるのはやめなさい」


 ぺしん、とヒュトの頭をはたくメル。


「そんなことより本音を聞いているの」


「一人じゃさみしくって……」


「本音を聞いているのよ」


「ちょっとしたイ・ジ・ワ・ル☆」


「死になさい」


 えへ、と笑うヒュトに勢いよく、しかし無表情でメルがフォークを振りかぶる。

 きらん、と窓から差し込む日光を跳ね返してフォークがあやしく光った。

 それでもヒュトはニコニコとわらったまま動かない。

 渾身の力をもってして振り落とされたフォークはヒュトの目をえぐらんとばかりだった。

 ……のだが。

 

「……まあいいわ」


 ぐりん、とその軌道はその直前に変わった。

 90°向きを変えたフォークはそのまま机に突き刺さる。


「あなたの無茶苦茶はずっと昔から一緒よ」


「わかってくれて光栄です」


「それにしてもあなた変に度胸があるのね、腹が立つわ」


「褒めても何にも出ませんよ?」


「何かが欲しくて人をほめるとき、人はそれを世辞と呼ぶものよ」


「メルは頭が良さげですね」


「実際は頭が良くないみたいな言い方はやめなさい」


「良いのですか?」


「知らないわ」



 そう言ってメルは立ち上がった。

 派手な鎧ががちゃん、と音をたてる。

 ずかずかと出口へ足を進めるメルに、ヒュトが『お会計忘れてますよー』っと呼びかける。

 それを黙殺し、メルは日のもとに躍り出た。


 ざわざわという街の喧騒。ひどくやかましい。

 その喧騒にメルは目を細めた。

 ザン、とメルは剣を抜く。

 髪と鎧と、その剣とが日の光にきらめいた。

 

「頭が良さげ、ね」


 剣を見つめてメルはつぶやく。


「私も馬鹿だわ。なんだってあんな奴と幼馴染んでるんだか」


 その声に含まれるのは、呆れと信頼にも似たわずかな好意。



「ここまで来たら、最後まで付き合うしかないじゃないの」



 そういう彼女は、どこか楽しそうだった。

というわけでやっていきたいと思います


やっていけたらいいな……

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