プロローグ「私もVチューバーになったら、人気でるかな?」
「それではみなさん、ありがとうございました。ではまた」
私は配信終了ボタンをクリックして今日の配信を終える。
「はぁ〜……疲れた……」
私はイスの背もたれに身体をあずける。
するとギシィと、今にも壊れそうなくらい大きな音がした。
「う……また少し太ったか……?」
私は服の中に手をいれお腹をさわってみる。……うむ、気のせいか。
「──そんなことより、今日の配信も同接一桁か……」
私はお腹の肉感をごまかすためそう口にしたが、動画投稿サイト『Yoo tube』で、ヨーチューバーとして配信を始めてから早一年がたつ私にとって、これも実際大きな問題だ。
「そりゃあすぐに結果がでるとは思ってないけど、これはさすがにダメダメでしょ……」
私は「はぁ」とひとつため息をつく。
生活のたしにでもなればと思い始めたが、1年やってチャンネル登録者数わずか13人。配信の同時接続者数が二桁を超えたことが一度もない。
「カメの水槽映すだけの配信でさえ同接50人超えてるってのに……私はカメ以下か……」
私はがっくりとうなだれる。
ま、まあ、動物系は一定の需要があるからね。うん、負けてもしょうがないよ。うん。
「あと最近はVチューバーが強くて、生身の人間じゃ厳しいってのもあるか?」
私は腕を組み頭をひねる。
そう、数年前から、3Dモデルやイラストをアバターに使用して配信や動画投稿を行う、バーチャルヨーチューバー、通称『Vチューバー』という存在が現れはじめ、勢力、そして人気を一気に拡大しているのだ。
私もその人気に便乗して、Vチューバーとして配信を始めようとも思ったが、絵も描けないしツテもないから潔く諦めた。
「人気のあるグループからデビューすれば、初配信前にチャンネル登録者数10万人超えとかもあるし、時代はやはりVチューバーか」
私は納得するようにうんうんと頷く。
実際、私もVチューバーの存在を知ってからは、Vチューバーの配信ばかりみている。
特に好きなのは『colorful』というグループ。
メンバーは4人と少ないが、全員がチャンネル登録者数100万人超えという、強者揃いのグループなのだ。
中でも個人的な推しは、ゆるちゃんこと“長春ゆるし”。
チャンネル名は『ゆるしの小部屋』。
ゆるいウェーブのかかった薄ピンク色のロングヘアに、羊のような巻き角、豊かなお胸が特徴的。
優しく慈愛に満ちたお姉さん、いや“ママ”であり、お悩み相談やASMR配信を得意とし、全てを肯定するTHE・聖母。
ちなみに趣味はサボテン収集で、家には『サボテン王国』なるものが存在しているらしい。
「──っと、いま何時だ?」
私はスマホで時間を確認する。画面には20:04と表示されていた。
ゆるちゃんの今日の配信は22時からだ。よし、今のうちにお風呂入っちゃおっと。
私はイスから立ち上がる。
そしてお風呂場へ向かう──前にパソコンに目を落とす。
「Vチューバー……。私もVチューバーになったら、人気でるかな?」
私はひとりごちる。
……いや無理か。そもそも実力不足でいま人気がないわけだし、Vチューバーになったからといって、急になにかが変わるわけでもない。
うん、たられば考えてもしょうがない。それよりもお風呂。そしてゆるちゃんの配信だ。お風呂で温まって、ゆるちゃんの配信で癒されて、幸せ気分で眠る。
これぞ私、杉並和泉にとって最高の一日。
「ふんふふ〜ん」
私は鼻歌を歌いながらスキップをして、お風呂場へと向かうのだった。