表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

多眼的認知とは百目や目目連などの妖怪がどのように周囲を観察しているかを表す言葉ではない。

1月に変態エネルギーを使い切ってしまったらしく、今回はまったく変態要素はありません。ご了承の上お読みください。

「須加ー、今度の日曜、なんか予定ある?」


 部屋で寝っ転がってスマホを見ていた橋本が突然話しかけてきた。


 スマホのカレンダーで予定を確認したところ、確認しなくても分かりきっていたことだけど何の予定も入っていない。


「今度の日曜か……特に何もないね」


「ならさ、大道芸とか見に行かね? ◯✕公園でさ、イベントやるみたい。

 キッチンカーとか屋台も結構来るみたいだし、ちょっとした気晴らし的な? ようやく仕事も一段落したしさ。パーッとした気分になりたくね?」


 ……だ……大道芸?


 あんまり聞き慣れない言葉すぎて理解が遅れた。


 なんだっけ。昭和の商店街に大勢で楽器鳴らして賑やかしたりする……あれ? それはチンドン屋か。

 大道芸ってどんな芸をするんだっけ。


「お! もしかして須加って大道芸見んの初めて? すっげえ楽しいぜ! な! な! 一緒に行こ!」


 なかなかに強引だ。橋本はそんなにまでして大道芸が見たいのか。


 橋本の意外な一面を発見した。


 一緒に暮らしてしばらく経つけど、知ってるつもりでも知らない面というのはいくらでも出てくるものらしい。


 物珍しさも手伝って、僕は橋本と大道芸フェスティバルにいくことにした。




・・・



 当日。

 イベント会場周辺の駐車場はどこも満車だった。

 大道芸にそこまで人気があるなんて知らなかった。まあ、もともと僕が大道芸自体をよく知らないだけなのかもしれないけど。


 適当にぶらついて、点在する大道芸のパフォーマーたちを流し見しながら屋台の食べ物にぱくついたり、思わず芸から目が離せなくなって最後までパフォーマンスに見入ってしまったりしているうちに、あっという間にイベント終了まで会場に居座ってしまった。


 僕はすっかりさみしくなってしまった財布をのぞき込み、カラ笑いを浮かべるしかなかった。


「……ヤバいな……だいぶお金突っ込んじゃったよ……」


 大道芸の恒例行事、『何かを待ってます』のパフォーマンスには、何故かこちらを動かしてしまう不思議な魔力があるらしい。


「あれだけの神技を見させられたらもう折りたためるやつ入れなきゃダメだろ」


 そういう橋本もかなりのペースで突っ込んでたけど、僕と違って清々しい顔をしている。


「わっかる……」


 さすが熟練の大道芸人たちだ。ラストのトークまでおもしろいし上手い。つい財布のひもが緩んでしまった。かなりの大出費だった気がする。もういくら使ったのか思い出せない。なんて危険な魔法なんだ。


「……須加、……た……楽しかった?」


 財布の中の残高を確認していた僕に、橋本が心配そうな顔で尋ねてくる。


 納得して自分が使ったお金だ。

 今さらぐだぐだ言うなんて無粋だし、何よりもいいものがたくさん見れた。


 たまにはこういうお金の使い方も悪くない。自分ひとりだけだったら、絶対に体験できない一日だったと思う。


「うん、すごかったし楽しかった。なんていうんだろ……パワーを分けてもらえた感じ、かな?」


「それ! それな! おれもさ、すっげえ仕事でメンタルやられそうになってた時にさ! 公園で大道芸の練習してた兄ちゃん見かけてさ! すっげえいろいろ救われたんだ!」


 橋本の顔が満面の笑顔に変わる。


「すげえよな、完全に自分の力量がものをいう世界じゃん。すっげえ練習してさ、楽してできるような技でごまかすんじゃなくてさ、どんどん難しくて新しい技を増やしていくわけじゃん。自分との真剣勝負をしながらさ、こういう本番の日に最高のショーができるように陰でめちゃくちゃ努力しててさ。

 んで自分一人の力で場の空気を作ってさ、素通りしていく人たちを自分の方に釘付けにしてくわけじゃん。なんかすっげえ、かっこいいなって思うわけ」


「うんうん」


 真剣な表情で熱く語り出す橋本に、僕は微笑ましい気持ちで相槌を返す。


 僕が考えてた以上に橋本は大道芸が大好きだったらしい。


「おれらってさ、なんだかんだいって国が決めた保険点数で稼がせてもらってるから、よそが値下げしたからおれらも値下げしないと売れないとか、そういう価格競争しなくていいわけじゃん。他業種からしたらありえないわけだろ?

 それにさ、会社員だから具合悪くなりゃ有休ももらえて、休んだ日だって給料が出る。

 人がいねえ人がいねえって言ったって、休めば結局誰かが代わりに働いてくれるからギリギリだけど仕事は回せるわけでさ……。

 ……きついきついってぼやいてるけど、それってすげえ甘えだよなって、あの人たち見てると……すげえ考えさせられてさ……」


 大道芸人っていう仕事が、個人事業主なのかフリーランスなのかはよく分からないけれど、全部自分ひとりでやらなきゃいけないっていうのは本当に大変なことだと思う。


 僕自身も薬局内で薬剤師が一人しかいないから、投薬業務は全部1人でこなさなきゃいけないけど、有休をもらう日はヘルプを出してもらえるし、医療事務さんたちがフォローしてくれるお陰で効率よく動けている。それはつまり、ひとりではないということだ。


 会社員の僕たちにとっては、それって当たり前のことだけど、自営業とか、そういう福利厚生がない環境で働いている人たちもいる。


「それが当たり前だと、気づけなくなっちゃうことってあるよね」


「それな。自分のポテンシャルを上げてくのも自分自身だし。失敗してもフォローするのは自分自身だし。周りを自分のペースに巻き込めるかどうかも自分自身がどう行動するかだし、自分の自信を高めていくのも結局は自分自身なんだよな」


 まるで自分自身に言い聞かせるような橋本の言葉に、僕自身も思い当たることがあった。


「……会社員やってると、ついうまくいかないことを誰かのせいにしてしまいそうになることってあるよね」


 橋本も苦々しい笑みを浮かべる。


「今日おれらが見た人たちってさ、完全に自分自身を価値にして勝負してるわけじゃん。自分がやってきたことを100%出し切って、みんなを笑顔にして、努力は実るっていうのを身をもって体現してる人じゃんか」


「うん。すごいよね、最後の大技とか……。

 一回失敗したけど、最後にはちゃんと成功させたもんね。ちょっと感動しちゃった。

 ありがとね橋本、なんか明日からまた頑張って仕事するぞって気持ちになった気がする」


「おれも! 今日めっちゃ散財しちまったから明日から仕事がんばる」


「橋本、全員に入れてただろ。そりゃあ財布も軽くなるって」


「須加だって同じくらい入れてただろ。

 やっべー、給料日まであと何日だっけ?」


「とりあえず今晩の夕飯はもやし炒めかな」



 夕日に照らされた長い2つの影。


 なんだかんだと僕たちはまだ二人で暮らしている。


 仕事の愚痴を言ったり聞いたり。

 帰りが遅い日は食事が用意されていたり。


 もちろん夫婦ではないけれど、助け合える相手がいるって、案外悪くない。


 自分ひとりだと気づけない視点を与えてくれることもある。


 もともと僕は異性にモテたことなんてないし、結婚なんて諦めていたけど、誰かと暮らすことで得られる安心感っていうのはいいものだなって思えるようになった。


 本来なら異性と結婚して家庭を作って、そういう関係を構築するのが従来のセオリーなんだろうけど。


 多様性社会だというのなら、こういう自助的な同性同士の共存が進んでもいいのかもしれないな。


 そんなことが頭をよぎっていくのであった。

ちなみに自分の個人的なイチオシ大道芸人はマスクマスクマンマンです。

彼は他の大道芸人とは一味違いますよ。なんてったって先払い制ですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ